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滑川五郎さんの訃報に寄せて・・・彫刻とクロッキー/頭部シリーズ/「GORO」/

10-03,2012

先日 滑川五郎さんの訃報が届いた。



元 舞踏集団山海塾の創立メンバーで 

世界的に活躍した後 退団。

それからは 栃木県大谷石の採掘跡に魅せられ そこを拠点に 活躍していた。







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ブロンズ 「GORO」 1980





このブロンズは パリで作ったもの。

ちょうど 私の留学中に 山海塾のパリ公演があって 

これからヨーロッパを回ろうとしていた時だった。


友人と舞台設営の手伝いに行ったりした


五郎さんの顔は とても 彫刻的魅力があったから


クロッキーを描かせてもらった


そのクロッキーを元に  蜜蝋を材料に 手びねりで作ったものが原型で

その後  ローマの鋳造所で鋳造してもらった。


元浪人時代の同級生 板東優君 が そこで仕事していたご縁で可能だった。


だから、 微妙に 日本のブロンズの色とは違う、、

少し 黄みを帯びているのがいい(この写真からはわかりにくいが・・・)。






蜿、讌ス蝎ィ+627_convert_20121003030418[1]
ブロンズ 「GORO」 1980




五郎さんは 飄々としていた

ひょうひょうという言葉が似合う・・


顔も 彫刻的だったが 

身体はもっと彫刻的だったから 白塗りの身体はひときわ映えた

じっとそこにいるだけで存在感があった

存在そのものが 彫刻的だった



でも オモシロイ 人だった


ここ数日 訃報を聞いてからというもの 

主人と 登さんの話をする機会が増えた



五郎さんがまだ舞踏を始める前は 主人の友人で

登さん(本名)と呼んでいた



40年位も前の話だが・・・


高円寺に 信用荘アパート  という古いアパートがあって 

登さんの部屋の真ん中には 柱があったそうで、

邪魔に思った彼は  その柱を あろうことか のこぎりでひき始めたそうな、、


徐々に 天井の重さで のこぎりは動かなくなって

にっちもさっちもいかなくなったそうな・・・・!!!


で、、、仕方ないから そのままにして 生活せざるをえなかったとか・・・




また 何の話のなかだったか すっかり忘れているのだが 


サンカ(山の民)という 言葉を教えてもらった


以来 何故か 私の心にも残っている



自然と共生して生きていたサンカのイメージと

それに惹かれていた五郎さん 

両者が私の中で 重なってくる・・・


神話時代からの魂を 

舞踏を通して表現しようとしていた(・・・?)五郎さんの魂は

彫刻的な衣装(身体)を 早々と(100歳過ぎても踊る・・・って言ってなかった?)

脱ぎ捨てて 

風になった・・・








蜿、讌ス蝎ィ+114_convert_20121003031238[1]




そうそう

登さんの歩く姿は 独特でしたね~


まるで 踊るように

まるで 滑るように

まるで 羽のように

山海塾のごろーさんになるまえから 

ひょうひょうと 歩いてましたね~



五郎さん

天国ではさらに自由に  踊ることでしょうね~・・・

私も 時々 音楽を聴くと身体が勝手に動いて 踊りたくなって踊っているんですよ、、

楽しいですね~、、



ご縁に感謝拝。合掌。



◎ ユーチューブから在りし日の五郎さんです
          ↓
http://www.youtube.com/watch?v=iRASajUj_JY


http://www.youtube.com/watch?v=uvOafMCpkRo





作品通し番号86・87











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