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木版画/家族・暮らしシリーズ№1「えんがわ」

08-23,2011








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木版画 「えんがわ」 2001 (33×23㎝)






子供の頃は 縁側が みんなの社交場だった


年寄りお婆さんが 出す お茶請けは まッ白い砂糖にのった梅干ひとつ・・・


もちろん 我が家の梅で 木の樽に浸け 縁側で天日に干された梅干


コレを 銘々皿にのせてだすわけじゃない


掌に のせてあげるのだ  


掌がお皿・・・だった!


掌で受けた お茶請けを 少しずつ舐め乍ら 緑茶をいただく


当時は 今みたいに 溢れるお菓子があったわけじゃないから


あまいもの といえば  


台所の甕の 黒砂糖のごつごつした塊から できるだけ小さいのを探すか、、


ざるに干されたサツマイモの乾燥芋か、、 


ゴロゴロ大きくて まっ黄色の蒸かし芋か、、 


軒下の干し柿か、、


そんなものしか なかったが 


それこそが 今思えば ナント贅沢な おやつだったろう・・・!!



そうだ! それに 季節ごとの実りがあったじゃないか!


柿 ・ 栗 ・ 枇杷 ・ 無花果 ・ 金柑 ・ 田植えグミ ・ 桑の実 、、、エトセトラ、、、




お茶だって 小さい頃は 手で茶摘みをした記憶がある


おじいちゃんが 汗だくになりながら 「ホイロ」で製茶にしていた


茶柱が立ったとか 立たないとか一喜一憂していたが 今はあまり茶柱も見ないなぁ、、、




この版画に彫られている お茶請けは 「たくあん」


その家々の 漬物もお茶請けだった


微妙に 違った その家独特の味があった


我が家のが 一番旨いと思っていた


母83歳 


「もう重くて 漬物石が持ち上がらないよ・・・」


と言いながら 小ぶりの石を重ねて 


昔は木の樽だったが 今は小さなプラスチックの桶で浸けている



若いもんは食べないから・・・・と言って、


帰省すると 白菜だったり 茄子だったり その時々の古漬けを持たせてくれる


ちょっと酸っぱくなった古漬けは ゴマ油でいためて ちょっと醤油を絡めていただくと


旨い! 




今に比べたら 何もなかったけれど


あの頃のお茶請け・・・最高に 贅沢だったんだ!!!



防腐剤 も 添加物 も 着色料 も 


放射能の心配も な~~~んにもなかった。。。



「えんがわ」・・・ 


お日様を浴びながら なんて ステキな 社交場だったんだろう!!!



(昭和20年代・30年代初め頃の記憶です)











作品通し番号44


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木版画/母子曼陀羅シリーズ№1「母子まんだらーそのⅠ」

08-18,2011






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木版画 「母子まんだらーそのⅠ」 1988 (30×30㎝)





彫刻を学んだ筈の自分 


ひょんなことから 木版画で 初めて個展 をすることになった


その時の 第1回目の記念の作品、




母曰く 「あなたの原点だから  何処で個展しても コレだけは その都度 飾りなさい、、、」という



それが この「母子まんだらーⅠ」・・・



コレを 後々 地元の公民館で目にした画廊の方が 声をかけてくれて



そのお陰で 郷里でも個展が出来るようになったのだから、本当に、原点。。。



今見れば 独学・自分流で 鑿使いも荒いし 線も滑らかでないが、



その ぶかっこさ・・・が   好きかなぁ、、、




ふと 思いついて 



丸の中に 丸を入れるのも  黒と藍色を使うのも



既に このときから始まって22年、、、 



何故 丸の中に・・・? 


何故 藍色・・・? 


と 時々聞かれるが 自然にそうなっていた、、、



ある時 


藍は 愛色~~~ 母の色~~~



という キャッチフレーズが浮かんで 個展の案内状に書いたこともあったが



実家は農家で 母は 藍色の 絣の もんぺ や 上衣 を着て 野良仕事をしていたから



無自覚に 藍色を使ったのは そんなところから 来ているのかも知れないと 後で思った。



聞けば ≪藍染めは 虫除け≫ になるというではないか!!!



先人たちの 知恵 というのは 素晴らしいですね



私が  自然に 母や祖母 曾祖母から受け継いだ子育ての知恵も ありがたかった、、、



熱が出ても 慌てず 



様子を見ながら 下がるのを待てたのは 



自分がそんなふうに育ててもらったからだろう、、、



野良仕事の合間に 額に当てられた手の感触・・・



父のはやたらと大きくて



母は しっかりと長く



曾祖母は骨骨(ホネホネ、、)



祖母は 大根の摩り下ろしと小麦粉を混ぜて 布に伸ばし 足裏に貼ってくれた



熱でカラカラになると取り替える



額の手ぬぐいも 足裏の大根も 取り替えて貰った時の気持ちよさは 忘れない!



3日もすれば 大概は 熱も下がって 


前より 元気になった気がして



嬉しくて 裸足で庭へ降りた時の 庭土のひんやり気持ちよさ・・・!!!



身体が覚えている、、、



原点だなぁ・・・






 






作品通し番号43

木版画/祈り・言霊シリーズ№4「マシュラ」

08-15,2011






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木版画 「マシュラ」 1993 (80×60㎝)





ある時  「いつも笑顔で いいお母さんなんでしょうね~~~」 と言われて困った


母子の 楽しいところばかり彫ったりしてるから そう思われても 仕方ない、、


で、彫ったのが この 「マシュラ


ママ」 + 「アシュラ」 → → 「マシュラ」  私の勝手な造語である



こんな時もあるよ~~~!!




まだ 子供達が小さかった頃は 毎年 盆と正月に帰省していた


長男が 3~4歳頃だったろうか


大きな掘り炬燵で みんな それぞれ 食べたり 飲んだり お喋りしたり・・・


と、、、


貴様 ! 表へ出ろ !


突然 父の大きな声!  


長男の跡取り息子 (私の6歳下の弟) に向かって 


いつの間に 持ってきたのか・・・


床の間の日本刀を 弟の顔の前に突きだして 怒鳴ってる!


と、、、すかさず、、、


お父さん やめてください!


弟のお嫁さんが 父の前に 立ちはだかった!! 


大の字 に手を広げて・・・・


で、事なきを得たが、


わが娘と息子は  顔を手で覆って 私の膝に突っ伏していた、、、





そうなのだ! 私の内にも 父の血が流れてるのだ!




私が知る限り 実家は ずっと  4世代家族だから  ナンダカンダと 問題は絶えない


嫁姑問題・・・・嫁小姑問題・・・・夫婦問題・・・・親子・・・・兄弟姉妹・・・・親戚・・・・その他問題エトセトラ、、、



そんなことは 山ほどある !!



とっくのとうに 代々 離婚してても おかしくない・・・・


母が あまりのことに 占い師さんに観て貰ったら


「・・・親子代々不仲にして・・・うんぬんかんぬん・・・」 


隣近所の方からは 「オメはなんでここへ嫁に来たんだい?、、帰った方がいい、、」


とまで いわれたと言う、、、


それでも  曾祖母は母を誉めていたし 


母は 曾祖母の息子(障害があって寝たきりだった)を


専業農家の嫁でありながら 毎日 五右衛門風呂に入れて 60過ぎて亡くなるまで世話していたし 


跡取り娘で 我儘だった101歳の祖母も 見送ったし 


今は ひ孫が2人もいるし


帰省すれば 母の布団にもぐりこんで 背中にくっついて寝てる 私という娘もいるし


お嫁さんと 取っ組み合いの喧嘩をしていた もう1人の妹もいるし、、、


4人兄弟の末の妹は 毎度必ず 父母とハグしてから 帰りの車に乗り込むし、


すると まるで ドラマのような光景が 帰省の度に展開して


私まで 妹にハグされて   


その影響で この私まで 父母とハグしてから 帰りの途につくようになって、、、




うれしい気持ちだ、、、




要するに 長~~~~くなってしまったが 



そりゃぁ~~~~色々あって 母子シリーズが生まれてきたんだなぁ~~~~~・・・



今年は 93歳で逝った主人の母の3回忌 明後日17日は命日で 墓参り


主人の兄弟達と 富士山の麓へ行く 


そこに墓があるから 遠くて 年に一度だけれど 


義母は 70過ぎても 息子をおんぶしてくれた




今更ながら 感謝にて・・・・

(お義母さん  お陰様で 娘も息子も立派に巣立ちましたよ。 もうすぐ 孫が生まれます。)

2011年 盆 にて。








作品通し番号42



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ちょっと寄り道・・・その4・・・埼玉県立近代美術館の彫刻

08-07,2011






先頃 「九条美術展」 に出品して 初めて 「埼玉県立近代美術館」 に足を踏み入れた!


昔 画集で見た作家たちの彫刻があった!!!



エミリオグレコ
エミリオ・グレコ  「裸婦像」




船越保武
船越保武 「ダミアン神父像」




ジャコモマンズー
ジャコモ・マンズー 「枢機卿」




クロチェッティ
ヴェナンツォ・クロチェッティ 「マグダラのマリア」






大学時代 画集をみては 溜息をついていた


其々に 同級生たちお気に入りの彫刻家がいた


教室で 裸のモデルさんを目の前に 


粘土を握り締めて 


塑像台の前に立っていたあの頃、、、


あれから 40年近くにもなるのだが 


ふとすると、、、つい こないだ のような気もする


ますます 時間の長さが 一定には感じられなくなって


同じ時間でも 短くなったり 長くなったり、、、


もっぱら 短く感じるようになってるのだが


友人たちも同じく短いと言うから 


実際 ひょっとして 時間も変化してしまって(?)


短くなってる・・・?・・・のかな・・・?


(以上の彫刻について書く筈が、なんだか 時間の話になってしまったけれど、、、)










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