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コミュニティデザイン  (狭山ふるさと会)

04-14,2015

コミュニティ デザイン ・・・ とは 

昨日 は、前回 記事を書いた 「狭山ふるさと会」 のスタッフとして手伝いの日、
                          ↓

       ( 狭山ふるさと会のホームページ  →  http://www13.plala.or.jp/sayamafurusato/


そこで 初めて聞いたことば   ・・・  まちづくり  の意味だそうな。



「さやま市民大学」  の  「狭山地域ふるさと学講座」 がスタートして  第 1 回目

なんと  男性 8割 !!

自己紹介だと 85歳の方もいて  おそらく 平均年齢は75歳 くらいだろうか、、、、

退職して 自分がどんな所に住んでいるのか知りたくなって、、、

仕事人間だった頃は 狭山に 寝に帰って来ていただけだったので、、

などと話されていて

地元で生まれて暮らして、、という方はわずかに数人

それに 女性が少ないのが 意外だったが、

皆さん お元気で 意気込みがスゴイなぁ~~~!!



ラジオ体操でご縁をいただいた 川口さんが この会を立ち上げた。
川口さんが 1回目の講師 さやま市民大学学長さんを紹介

狭山ふるさと学を学ぶ意義 について話された

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学長の小山先生
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小山先生は 40年も前から まちづくり ということを考えてきたそうな!!

私も いつの頃からか 漠然と 「縄文村」 をつくりたい、、、という思いがあった、、、

何故かネーミングは縄文村・・・

文明を享受しながらも 争いの無い平和なイメージ、、、

お金というものが無くても暮らせそう、、、

手づくり、、、自給自足、、、などなど

昔  三内丸山遺跡古墳を訪れた影響があるかもしれない・・・


それと コミュニティ デザイン  とでは  雲泥の差があるが  

まち・むらづくり というテーマは同じ 

あまりのシンクロに 驚いた!!!

丁度 そんな話をなんと数日前にしていたばかりだったのだ。。。




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小山先生は ひとりひとりが コミュニティデザイナーだと話される



  


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国や 行政が 何かしてくれるのを待っていては ほんとのまちづくりは遠い、、、出来ない、、

しかし たった ひとりが 動きだすことで 出来るという、、

そのひとりになってくださいとのこと、、

その例として 長野県 小布施町の セーラ・マリ・ カミングスさんという方を紹介していた。

You Tube ・・・・  セーラ・マリ・カミングスさん 「小布施の町に魅せられて」 (長野県小布施町)

            https://www.youtube.com/watch?v=t4mtjCtZotQ

彼女は 小布施の町の魅力に惚れて 住み着いて まちづくりに 大きく貢献!!!

(彼女のすごい内容は 動画を見てね)

彼女が居なかったら為し得なかったことが いっぱい!!!

とっても魅力的な可愛い人!!!   


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たった一人の セーラさんのような コミュニティデザイナーによって 

まちづくりは 始まれるし 達成できるし 常に進行形だということ、、、、

あらためて また 自分の夢を忘れないでいようと思えた昨日でした。。。

シンクロの速さにも 驚いたなぁ~!!!


因みに 改めて ここに 夢を書いておこう

ものつくり や アートに携わる人たちが  ずっと 作り続けていける 場所とか 仕組み

を内包した社会  或いは  流通  

そういったものを 体現したコミュニティが あったらいいな~ということ

言葉でいうと ややこしいが

要は そういう人たちが 制作しながらも 生きていける場所づくり・・・

共存共栄できるように、、、ということかな・・・・

要は 自分が そういうところで制作を続けたいからなんだが。。。

純粋に 作品だけで食べている人は 少ないだろうし、、

先生をしたり 就職したり アルバイトしたり   何らかの収入手段が無ければ

出来ないし 男性なら 家族も持てないだろうし、、

私は 主人に食べさせて貰って 子育てしながら かろうじて 作品を作ってこれたが

都内から狭山に引っ越した時は もう続けられないだろうと思って さまざま道具を人にあげたりして処分してきた。

かろうじて 続けてこれたのは 家族や 周りの人や 地域のご縁や さまざまなご縁があったからで

1人では決して出来なかったから、つながりというのは大きい。

だから アートを核とした 縄文村(仮名) とか 縄文ネットワーク(仮名) とか

時々妄想。。。 

妄想していたら 、昨日は 小山学長の コミュニティ デザインの話で 驚いた次第。。。



(因みに  デザイン は  「デ  +  ザイン」  かぁ~~~!!!   ひとりごと・・・・)


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木彫/『蒼』/長女・・・木彫のおっぱいを吸う・・・

07-12,2012






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木彫「蒼」1982




30年前の木彫『蒼』・・・と 長女・・・



この頃は多分 3歳になったばかりのころだったろうか、、


長男が生まれて おっぱいを取られて 多分 一生懸命 我慢をしていたころ、、


ちょうどそのころは まだ この木彫も嫁入り前だったから


部屋の片隅に ごろんと置いてあって


おもちゃ・・・というか

遊具・・・というか

子守り・・・というか

ひとり(!?!)何役も こなしていてくれた。


重いから 幼児が寄りかかったくらいでは ビクともしなかったから


頼りがいがあったのだろう、、、



それにこの木彫の 片足立膝のポーズには 


ちょうど すっぽりと 子供ひとりくらいなら 受け入れてくれる空間があったから


長男におっぱいをあげていると 


長女は 木彫さんに抱かれて 


木彫さんの 固いおっぱいを吸って・・・いや多分・・・舐めていた・・・


いかにも うらめしそうな表情で・・・。。。







実は この木彫・・・今は行方不明・・・?!?


ある方が引き取ってくださったのだけれど


その後 その家のお嫁さんに この木彫の話をしたら


なんと そのようなものは無い と言うではありませんか!?!


その方はもう あちらの世界に行かれた方だし 聞く事もままならず、 


しかも 気がついたときには


この作品の写真は これしかなかった!!!


 

この ボケボケの 一枚きり・・・!!!


しかも 木彫本体だけで 写ってるのが 無い!!!



だから この木彫をこうして取り上げる時には



いつも こうして 長女がくっついてることになる!!!





貴重な 大事な一枚になってしまった


     (う~~~~~ん 撮っておけばよかったけれど なんせ考えが無かったのだから仕方が無い・・・)




昔は 作品をファイルしておくなどという考えも なぁんにも無くて


ただ 作っていて


後々 たったの一枚が こんなに貴重なものになるなんて思いもよらず


今となっては ただ  ただ   た・め・い・き、、、





この写真から 25~6年後・・・


この長女が嫁に行って  去年8月に 初孫を産んで 


その孫の祝いに 婆は 「ででんぶん」(http://kiborikko.blog94.fc2.com/) を彫ることが出来た!!!




これまた ただ  ただ  た・め・い・き、、、


おかげさま~~~。




             
今 婆は 少々腰が痛くても 


嬉しくて 喜んで 孫を抱っこしている





行方知れずの木彫さ~~ん!



あなたも どこかで おさなごを 抱っこしてるかな~~・・・???








≪作品通し番号84≫





 
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