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ブログ FC2から livedoor に変わりました!!!。

06-02,2016

2016年4月2日の この記事を最後に ブログ「おいちゃんの木彫りっこギャラリー」 を FC2から livedoor に変えました!!!。

http://blog.livedoor.jp/mokutyou/archives/3724014.html  『個展 と グループ展 の案内』

2016年5月27日のこの記事から移行しました。過去記事もこちらに移行しました。
○  『手ぬぐい 「磯部神社大鳥居再建竣功記念」

どうぞ宜しくお願いいたします。
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個展 と グループ展 の案内

04-02,2016

4月と5月で3つの案内があります

 「ギャラリー麦」 にて グループ展開催中~~!   
   
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西武新宿線「新狭山」駅から徒歩5分!!

白木造りの 天井の高い明るい素敵なギャラリー(2階)

奥にはゆったり座れる木の椅子と無垢のテーブルで 画廊主人こだわりのコーヒーを!!

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 画廊「荘」にて第68回目の個展 (1989年第1回目の個展をした所)
  

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私の第1回目の個展がここ画廊「荘」さんでした 

版画でした!

彫刻科出身なのに版画だったのは それは 主人の会社倒産がきっかけ。。。


主人は 元カメラマン 
仲間2人と トライアングル というアルバム制作の小さな会社をやっていましたが、
生徒数減少などで倒産、

本来なら3人で背負う筈の後始末が主人1人の肩に、

その時主人は義母に金銭的援助をしてもらいました。

私は何も知らず、主人の兄弟(4人)の集まりに呼ばれて行きましたら

3人のお嫁さん達から1人総スカンを浴びることに、、、

寝耳に水とはこのこと、、

お義母さんにお金を出して貰ったことが原因ですね

「洋子さん あなた 働けばいいでしょ!」

母乳で子育てしていた私は働く気などさらさらなかったのですが、
とうとう働くことに・・・

でもおっぱいは急には止まってくれません!

就職活動、面接時でも 時間になれば母乳は出てきてしまいます

専用パットを使いながらも 我ながら面接中気にしていたのでしょう、、

就職に行ったのに ついついおっぱいの話になってしまったようです、

ある雑誌社の編集長さんが言いました

「あなたね、雇ってはあげられないけど、さっきのおっぱいの話が面白かったから
文章と版画にしてきなさい!
うちの雑誌3ページに載せてあげるから、、、」

こうして
「宇賀地洋子のおっぱい話」   という記事が
本当に大判の雑誌「手づくりママ」に3ページに亘って掲載されました!


その記事を見て 声をかけてくれたのが 画廊「荘」の小林さん!!!


以来、ぽつぽつと あちこちから個展依頼が舞い込むようになって
請われるままに続けてきたら68回目、、
自分で画廊を探して開催することもなく27年が経っていました

多い時は年に5~6回、、
良くまぁ出来たもんだと自分でも不思議です
企画展ですから 売れたらその3~5割 
売れなければ 0 の支払いという決まりでしたから続けることが出来たんですね

それに
版画がメインだったから出来たことで、
これが彫刻の個展だったら無理、
そんなに彫刻は数彫れませんからね、、、

でも彫刻も版画も鑿で彫る仕事、、
鑿研ぎは未だに苦手です


版画はすべて独学・・・彫りながら試行錯誤しながらの繰り返し、、
出来なかったことができるようになって
今では年をとるのもいいもんだと思います

それに 年月経って思えば
当時総スカンにあって働くことになりましたが
背中を押してくれたお嫁さん達に 今となっては
感謝しなければいけませんね

あれがなかったら 私は3歳くらいまでは おっぱいをあげてましたから。
その後 子育てから個展に移行できたかどうか、、、 

本当に 人生 何が良くて何が悪いかなんて 最後までわからないものですね!!
最悪と思ったことが 後には転じて最高になったり、、
似たようなことは まだほかにもありますね。。。


結局は すべて 良し となっていくのでしょう、、


だから、ことが起きても騒がず静観してれば
いつの間にか納まっていくのでしょうね、、





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高校の恩師 神山奉子先生は 退職なさってから小説を書き出しました

それが栃木県の芸術祭で 受賞し
1冊目の「のりうつぎ」から 表紙を担当させて貰っています


高校を卒業してから一度も会ったことが無かった先生が 
突然現れたのは 真岡の「ギャラリー懐風」さんでした

下野新聞で個展案内の記事を見て
今までも来たかったが仕事がら無理だったけれど
退職したので来れた~と
喜んで来てくださいました、

わぁ~~~と言いながら
手を振りながら現れた先生の小柄な可愛い姿が目に浮かびます!


そしてその時展示してあった版画の何枚かが 
のりうつぎの挿絵にうってつけで 先生の目に止まったのですから
偶然にしてはあまりにも出来過ぎ、、、
必然だったのかもしれません、、、

神山奉子著書
1「のりうつぎ」   
2「花の名の物語」    
3「金銀甘茶」    
4「国蝶の生(あ)れ立つ樹」



1作目から 表紙と挿し絵を担当させてもらって

「のりうつぎ」は 県の芸術祭で受賞し
去年 「国蝶の生れ立つ樹」 が
日本自費出版文化賞・小説部門で 「特別賞」を受賞、
先生はマイペースで書き続けています







  巣鴨のとげぬき地蔵さんの「高岩寺会館」にて
    
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この会は 故西村公朝先生のもと 芸大OB達が集まってやっておられて
先生存命中は会員も沢山だったらしいが、私は先生が亡くなって数年後入会

それ以前から何故か 「勝手仏」 と称して のんのさまを彫っていたから
誘われるままに自然と入会していた

誘った人は 少しでも会の高齢化を防ごうとして私を誘ったらしいが
大してその役には立たなかった

何せ OB彫刻家女性第1号・・・という方が、まだ現役で作品を出しておられる。
さすがに途中から彫刻をやめて 代わりに 独特のきり絵で仏画を制作
勿論 80半ば過ぎ 私の親とほぼ同年代の方である!

自分はまだまだだ~~と思うわけである










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この会は 春と秋の2回
ここ巣鴨とげぬき地蔵さんと  神田の文房堂ギャラリーで
「ほとけの造形展」 と  「祈りの造形展」の2つ開催

巣鴨は近隣界隈のお店を覗くだけでも楽しいし
神田は 丁度 古本まつりだったりするから
画廊以外でも面白い

都合ついたら どうぞ出かけて見てください! 

 

宇賀地洋子のおっぱい話は ホームページに載ってます。
        ↓
http://www16.plala.or.jp/ugati/







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そのⅡ・益子 ワグナーナンドールアートギャラリー にて個展  2015

03-12,2016

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続き。。。


大きなガラス窓から 西陽が射して 
一時だったが
それは美しい陰影を創ってくれた






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「恩師・神山奉子著・本のコーナー」

高校時代の恩師 神山奉子(本名)先生は 退職後 本を書きはじめました

1「のりうつぎ」   
2「花の名の物語」    
3「金銀甘茶」    
4「国蝶の生(あ)れ立つ樹」

1作目から 表紙と挿し絵を担当させてもらって

「のりうつぎ」は 県の芸術祭で受賞し
去年 「国蝶の生れ立つ樹」 が
日本自費出版文化賞・小説部門で 「特別賞」を受賞、
先生はマイペースで書き続けています

因みに
○  4月の宇賀地洋子個展案内 ○
 ー神山奉子著 4冊の本の表紙画と挿し絵展ー


・2016年 4月16日(土)~4月30日(土)
    午前11時~午後5時半    水曜日休廊
・23日24日以外は在廊
画廊 「荘」   小林克江
・〒186-0003  東京都国立市富士見台3-8-7
・℡   042-576-2553
・JR南武線「矢川駅」より徒歩10分









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「久蘭姫(くらんひめ)」          「梨花(リーホア)」
「パンチャ・ラマCDジャケット原画」





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「大好きです」       木彫・桂(個人蔵)

  
昔 土手や 川辺リも 子らの遊び場、、
水が きれいだったから
メダカ ゲンゴロウ フナ ドジョウ、、
ナマズ ザリガニ シジミ 水すまし、、
時々 父がとってきた不気味な雷魚 などなど
素手で取ったり 釣ったり
眺めていたり
一緒の世界
 








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「梨花」            「ねじ花」           「国蝶の生れ立つ樹」








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「のりうつぎ」                   「金銀甘茶」              「絵本時間  





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「絵本時間」    木彫・桂

孫が生れて間もなく
毎月絵本を届けてくれるぶっくくらぶに入会した 
「も~寝よう~」と言うと
孫は絵本を 1冊持って2階へあがる
だが 最後まで 読んで寝たことがない
布団の上で走ったり ゴロゴロしたり
ばあばの 夢見る「絵本時間」には程遠く
ずっと先のようだ 
そして   いつの間にか孫より先に寝ている
ばあば であった






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「アサガオ」           「野いばら」            「何か聴こえる」





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「何か聴こえる」     ブロンズ(木彫 原型)

「ほら何か聞こえるね~」 「何だろうね~」
私の妹が 我が家に 同居していた頃
妹は実によく 子供達を可愛がって遊んでいた
まだ小さな子を 膝にのっけたり抱きしめたり
話しかけたり 
端で見ていた 私は 思わず
「しつこくなるからやめて‼」
と言ってしまったほどだ 
だが しつこくされたその娘は今 
いたって さばさばと 自分の子育てをしている
スキンシップして し過ぎる と言う事は
無いのかもしれない





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「おんぶっこ そのⅡ(着衣)」          「母と子」          「晩酌」




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ひらがなシリーズ 「あ」     木彫・檜(個人蔵)

ひらがなシリーズのきっかけは「あ」
太い筆で描いた「あ」は
おっぱいをあげてるお母さんにみえた
因みに「お」はお父さんと子供
だから「あいうえお」はお父さんも居て
家族が揃った
先日 ラジオで ある外人さんが
「日本は人を丸くします」と話していたが
日本語も人を丸くするだろう



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ひらがなシリーズ 「い」     木彫・檜


昔空き地や田畑には大きな土管が積んであった
幼児の背丈以上に大きかったから登ったり
中に入って大声を出してみたり
恰好の遊び場だった
孫は今 どこか すっぽり入れる場所があると
たとえ引き出しだろうと 入って座ったり 
いつぞやは 籠の中にお尻がすっぽりはまって抜けなくなって 
その時の孫の情けなさそうな顔といったらなかった 
もしタイムスリップして空き地の土管に孫を連れて行ってあげたら どんな顔して喜ぶだろう
「い」はそんな土管の中で遊ぶ2人



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掌仏シリーズ 「のんのしゃ  (そのⅢ)」   木彫・檜(個人蔵)


仏前でも 神前でも ごく幼い頃は
「のんのさまに 手を合わせて・・・・」
と言われていた気がする 
幼児には「のんのさま」がちゃんと言えずに
「ののしゃ」になった
合掌の手の向う側は全て のんのさま
合掌した のんのさまの こちら側も
全て のんのさま
あっちも こっちも  のんのさま
合掌 は 「ありがとう」
だから
みんなが みんなに ありがとう



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「ででんぶん」   木彫・檜

孫の初節句の祝いに彫った
弓は あちらの「じいじ」の手作り
だから こちらの「ばあば」と あちらのじいじの合作祝い 
集合すると 
孫1人に あちらとこちらの爺婆4人 
あちらと こちらの叔父2人 
親が揃って計8人‼ 1対8だ‼
そんなアンバランスにもめげず
アレルギーはあるものの 孫は元気だ
ありがたや‼
健やかに
両足踏ん張って
ででんぶん・・・・と育て‼



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「白かんのん」   (消しゴム)


「これ 大理石 ?」
「否 消しゴム」です‼
良く「彫刻って硬くて大変でしょう?」と聞かれる 
じゃ 何か硬くないもので彫って見ようと思って 
試しに消しゴム・・・・と思いついたのだけれど 
これが超~~~彫りにくかった
つまり こんにゃくを彫るようなものだったのだ  
彫るというのは
 ある程度 抵抗がないとダメですね
こんな常識に 今頃気がついてる自分・・‼
今回展示作品の中でも手間のかかった
おチビさんでした




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「慈母かんのん」      木彫・檜


母は子にとって 世界のすべて
見える へその緒は切れても
見えない へその緒がつながっている
小学校入学くらいまでは 
繋がっていると聞いた
母が安心していれば
子も安心
母の安定は子の栄養
母の笑顔も子の滋養




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「おごさんの四方拝」     木彫・檜


おごさんは駄菓子屋のお婆ちゃん
子供の頃 小使い銭を貰うと小銭を握りしめて
おごさんちへ走った あめ玉にせんべい
ふくれ菓子にチューインガム 夏は かき氷にところ天・・・・・
年老いたおごさんが一人でやっていた
初夏の朝 早い時間だったろうと思う
おごさんが店の前の道で 何度もお辞儀を
し乍ら ぐるっと廻っているのを目撃した
子供心にも その姿に打たれたのだろう
ずっと心の隅に残っていた
それが「四方拝」だとわかったのは
何十年もあとのことだった



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ひらがなシリーズ 「こ」     木彫・檜


昔 農家の庭先では
むしろを敷いて 子供らが
よく ままごと遊びをしたものだ
一枚のむしろが青天井のおうち
ここは玄関で
ここはお客様が座るところで
「こんにちは」 「はいお茶どうぞ」
お茶うけだって
春は たんぽぽ 夏 朝顔
秋は 菊で 冬 椿
精一杯の おもてなし




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「月光菩薩」





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「抱っこっこ」     木彫・檜(?)


孫がうまれてからというもの
いっぱい 幸せを貰っている
小さき者を抱けるということは
何という 幸せだろう 
魂が喜んでいる
だから 誰でも 知らぬ間に笑顔になる
ただ見てる だけで 笑い顔だ
それは 自然な 笑顔
出来るだけ 長~く 抱っこできるように
ゆっくり ゆっくり 
大きくなって ほしいものだ





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ひらがなシリーズ 「せ」     木彫・檜(個人蔵)


お母さんの膝にのって
抱っこしてもらえるのは
いつぐらいまでだろう・・・・
赤ちゃんは おっぱいよりも 下にいて
段々とおっぱいを超えて
お母さんの口元が見えて
眼が見えて 目線を越えたら 
もう 自然と抱っこも減るだろう

「せ」は ちょうど お母さんと
目線が同じ
それまでに いっぱい 
抱っこ貯金だね




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ひらがなシリーズ 「そ」     木彫・檜(個人蔵)


目の前にお母さんやお父さんの背中があると
子供は自然とおんぶしたくなるのだろう
背中に乗っておんぶして
ゆっさ ゆっさ ゆっさ ゆっさ
眠くなったのかな・・・・
先日も孫と遊んでいたら
背中に乗ってきた
元気な時は おうまさんで ハイドードー
眠そうな時は そのまんま
ゆっさ ゆっさ
ひらがな「そ」は そんなかたち





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「子は母の背中で夢を見る」      木彫・檜


有る事情で全体傷ついてしまったが彫り直して蘇った
木 というのは 深くて 大きい
ちょっとやそっと 鑿で彫ったってびくともしない
そのくせ 顔などは ほんの少し彫っただけで
表情が すぐ変わる 
繊細でもある
傷ついたまま 暫く寝かせておいたが彫る気になった
孫のおかげだ
ゴロゴロと背中に乗って来たり 膝に乗って来たり 
ババの魂が喜んだおかげだ
そしてゴロゴロゴロニャンは 子らが長じて
夢見る時 糧となるのだろう




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「三体仏」

ある時 母が 
「仏壇の奥から出てきたよ~」
と言って 渡してくれた、3つの木偶(でく)、、
実家の藁屋根の家を建て替えた時、 
昔は大工さんが通って来て 1年くらいも庭で仕事していたから
木っ端をを拾って彫ったのだろう、、
すっかり忘れていた、
多分中学から高校の頃、
母がしまっておいてくれたらしい、
しかしよくもまぁ、大 中  小と彫ったものだ
それに半世紀近くも経ってるから、杉の木目がいい色になって
時間様様 お陰さま






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「かいな」      木彫・檜(下野市記念品原型)

かいな とは 腕のこと
2歳の孫が 小さな腕をまわして
抱きついて チュッ‼
親をそっくり 真似してる
抱いたつもりが 小さな腕に抱かれて
じじ ばばは 幸せそのもの
大人は いっぱい いっぱい 
小さき者 を抱いて
いっぱい 真似してもらおう





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ひらがなシリーズ「う」       木彫・檜

太い筆で「う」を書く
ジーと見てると
こんな恰好をした子が
見えてこないだろうか?
「う~っ」と気張って
空を見上げて 息吐いて
次は何して遊ぼっかな~
小さき者のしぐさは 
いちいち可愛い
そして自然だ





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「ほら つかまえた」      ブロンズ(木彫 原型)


風呂上がりの子は 裸が大好き
その まんまでいたい
大人だって真夏には しばしば裸でいたい
それなのに追いかけられて 
つかまって・・・
そんな 姿を木で彫った
それを ブロンズに鋳造したものが コレ
無垢なので とっても重い
ペーパーウェイトにも使える
「待て待てと追って喜び きゃら きゃら と追われて 喜び 風も 喜ぶ」




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ひらがなシリーズ 「し」     木彫・檜


体操の けんすい みたいに
座って両足を上げるポーズが浮かんだが
こんな形に辿りついた
(少々 「し」とは無理があるかな?)

子供って 足の先や 手の先が
しゃべっている
言葉が通じない分
手足がもの言うのだろう
じじ ばば は 大いに孫と遊んで
学ぶべし・・・かな・・・







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紅葉


年2回のオープンで 春は桜  秋は紅葉
1か月の間に 鮮やかに紅葉していった
この大きな窓は
あたかもスクリーンのように切り取って
その変化を見せてくれた
松・竹・紅葉・桜・どうだんつつじ・ドングリの木・藤・蓮、などなど
ワグナーさんはちよさんと四季折々を 愛でていたのでしょう、、



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(不思議な石)


「僕はここへ来ると 最後に必ずこの石を見て、帰るんですよ」
と言う人がいた。
「この石はすごいですよ、、」という
確かに 中国の水墨画に書かれてるような  
仙人が住んでいそうな
そんな山の雰囲気がある、、

更にある女性のヒーラーさんが言った
「この石・・・生きてます、、」

ワグナーさんが他県へ行った時に見つけて
これだ!!と思って迷わず買ってきた石だという・・・

やはり この石・・・只者ではないのかも・・・・






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皆さま 足を運んで見て下さって 
本当にありがとうございました。 






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(五角堂ギャラリー産道から メイン展示場を見て)






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(ワグナーちよ さん)

お若いちよさん  とても80代には見えません、
ワグナーさんの遺志を継いで 精力的に動いている。
夫婦の鏡・・・

ある時期 ちよさんは 棒術(?だったかな、、名前が定かでないのですが、、)を
習っていたことがあって、ワグナーさんが いつも車で他県まで送ってくれたそうです。
そして待ってる間 決して道場には入らなかったそうな、、
車の中で待っていたとのこと、、

日本の伝統的な神聖な場所に外人の自分が入ることを良しとしなかったという、、
日本人より日本人、、、


最後にもう一度、、、ワグナーさんの言葉・・・


ワグナーさんは良く言っていたそうだ。

『 私は文化、宗教などの相違点よりも

各々の共通点を探しているのです。

共通点を通してしか

お互いに近づくことは出来ないのです。』

『哲学の庭』 於 益子

ワグナー・ナンドール







関連記事

そのⅠ・ 益子 ワグナー・ナンドール アートギャラリー にて個展 2015

03-12,2016

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「五角堂ギャラリー」

ワグナーさん夫妻で 建てた五角形の建物、、
 屋根の釘は全部ちよさんが打ったという、、
何故五角形・・・?
道路と敷地の角度が丁度 五角形にふさわしかったから、、だそうだ

竹と松のトンネルをくぐると入口、、
 




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「五角堂ギャラリー 入口」

まるで 産道・・・

狭くてちょっと暗いが ちゃんと 絵を架けられる
ずずっと奥まで入ると 少し広くなって
 下り坂のスロープを降りると 
広いメインの空間、、

東は 産道の大谷石壁面   西は大きな大きなガラス面










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まるで 産道、、







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「風の子 雲の子」     木彫レリーフ・桂

風の子 吹けども 
雲の子 へっちゃら
大丈夫だぁ~ぃ
吹かれ  流され
何処へなりと 自由飛行
しなやかに  のびやかに
その雲の子さん 風の子いなけりゃ
吹かれまい  流れまい
悠々飛行も 叶うまい
風の子だって  雲の子いなけりゃ
相手もなくて  つまらない








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「母は子を抱きて疾走ス」    木彫・桂


むかし 夕方暗くなるまで遊んでいると
「人さらいに連れてかれるぞ~」と
おどかされたものだ
だが その人さらいが どんなものか
なんの為にさらって どんな姿をしているのか
聞かなかったし 誰も話してくれなかった
「人さらい」という言葉だけが記憶に残り
彫ってみた

まずは 飛んでること
何故か 怖くないことが イメージにあった
かくして 子を失くした 母が
さらって 飛んでく 姿になった







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「子供とイルカ」       「天使とイルカ」








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(右から) 「おっぱい曼荼羅」    「ハグ母子(A)」   








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「天使とイルカ」








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「赤とんぼ」       「さくらんまん」        「母子天遊」








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「風の子 雲の子」          「星になる」








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「風の子雲の子」      「星になる」         「マシュラ」


「マシュラ」とは・・・・・・「ママ」 + 「阿修羅」 (私の勝手な造語、、)








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「MIKA」          「母子曼荼羅」             「赤とんぼ」
       「ひらがなシリーズ・ 『たちつてと』」









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「MIKA」

私が留学出来たのは みかさんのお陰!!
12畳6人部屋の女子寮で同室
在学中恋をしてフランスへ渡った彼女が
熱心に薦めてくれたからだ

この像を作った時 初めて仏人の先生が言ってくれた言葉

「やっと YOUKOが出来たね・・・・」

初対面の時
「YOUKO は YOUKOを作りなさい」 とだけ ひとこと・・・
以来留学中は そのひと言と 格闘して・・・
諦めて帰る矢先のことだった、、









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「縄文の母制作風景 パネル展示」


運べるものなら運んで展示したかったが いかんせん大きくて、、、







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「授かりし」     木彫・桂

母はよく 「授かりもん」 と言う
私が生れた頃は まだ祖母もひい祖母も元気で
2人は実の親子 
ひい祖母には健康な男子が生れず 
祖母が5~6番目にしてやっと生き延びた跡取りだったから 
そりゃ~も~ おんぼひがさで大事に育てられたらしい 
生涯我儘で自由で嫁の母を苦しめたが
101歳で旅立った 
その時の祖母の顔には驚いた 
父いわく
「生きてる時はブスだったが死んで美人になった」 
まさに 通夜の席で白布をめくった途端 私は
「わぁ~~おばあちゃん きれい~」と叫んでしまった 
全て「授かりもん」
 寿命も 生命も 家族もすべて授かりもん







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「授かりし」      「母子遊楽」      「ブルーハート」     「大日如来」








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「大日如来」

今年1月 やっと 友人の「観音堂」へおさめることができた。
その時の記事
    ↓
「大日如来と観音様と 開眼式」
http://kiborikko.blog94.fc2.com/blog-entry-178.html






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「蓮華草夢 そのⅡ」     「ハグ(A)」








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「ハグシリーズ  そのⅡ」     木彫・杉

普通 彫刻に杉の木は使わないが
この「ハグ」の場合は杉で良かった
初めから意図した訳ではないが
木目が目立って
それが却って効果的になった
人の年輪と木の年輪が重なった

最近は2歳の孫がハグを覚えて
ハグしてくれる
いくつになっても ハグは嬉しい







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「ハグ そのⅡ(杉)」     「地球戯」        「雲連想(ウンレンソウ)」








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「ありがとうございます(そのⅠ)」  「のんきにのんき」  「遊天使(そのⅡ)」  「かんのん」









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「雲連想」   「母さんが飛ぶかもしれない」   「銀杏曼荼羅」










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「母さんが飛ぶかもしれない」    木彫・桂

子供にとって ある時期 母は世界の全てだ
子供を背中にのっけて「ヒューヒュー」と
飛ぶ真似 すれば
子供は ホントに飛んでるように感じるのかもしれない
「キャッ キャッ」と喜んだり
度が過ぎれば怖がったり 
母も 大きな子をのっけては飛べないが
小さい子なら飛べそうだ
気持ちは すでに 飛んでいる









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「ハグ そのⅠ」









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「蓮華草夢 (そのⅠ)」        「い・し・き」
「ハグ (そのⅠ)」     「ひらがなシリーズ『き』」     「胞(ホウ)」









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「ほら 笑った」         「夢」
「地球を抱いて」          「光透波 地球へ」








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「剣道藩士 岩瀬鉾太郎翁 の胸像の頭部」 「ボンボン時計」



実家の近くに「養心館」という 剣道の道場がある
創始者の岩瀬先生は 相当に強いお方だったそうだ
周りは見渡す限り 田んぼと畑なのに 県外からも門下生が来ていた

留学から帰ってまもなく 作らせて貰ったのがこの胸像
当時80代だった先生をスケッチ、、
しかし胸像は50代の時のたった1枚の写真での制作依頼、、

山のような人だなぁ、、と思いながら作ったのを思い出す、、



 





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「雲(うん)」        「えんがわ」        「井戸まわり」
「五右衛門風呂」     「石けり」          「 わらんべ」










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「火鉢まわり」       「お地蔵さん」      「露ころころ」
「ちゃぶ台」             「爺ちゃん子守り」       「ただいま お帰り」







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「ただいま お帰り」     木彫 桂(個人蔵)


母が元気に歩けた頃は
個展を見に来てくれるのは勿論のこと
自分の友人 知人に案内状を出してくれたり
版画も彫刻も買ってくれて応援してくれた

この「ただ今お帰り」も母のところからの借り物
今でも人一倍応援してくれている
感謝してもしきれない
いつだって創作の原点は母なるもの・・・・
母なる存在・・・・
ふる里・・・・
それは いつだって
「ただ今」「お帰り」と受け入れてくれる存在だ









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「合掌観音立像」       木彫・桂


小学校の同級生の家には「観音堂」がある
そこに納めるために彫った
代々 守ってきた お堂だそうで
屋根は銅葺き 高床式で気持いい空間だ
同級生いわく
「かんのん様の顔見乍ら昼寝 最高だろうな・・・」と言う

静かで 穏やかな 平和な波動が
その土地と周りに伝わりますように



(後半へつづく)

関連記事

ワグナーナンドール・アートギャラリー(秋期展)  

03-11,2016

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竹藪・・・懐かしい・・・


益子の 「ワグナーナンドール・アートギャラリー」 にて 1ヶ月間の 宇賀地洋子個展。

もう 去年 秋のこと、、、!!!

やきものの里 益子の共販センターから東に 細い坂道を しばらく登ると

竹藪が見えてくる

すると 左側に 自然の起伏を生かした 「ワグナーナンドール・アートギャラリー」 の建物群と

ブロンズ彫刻が現れる。

春と秋の2ヶ月間だけ 人々が訪れる空間。

私の個展の様子を書く前に まず ここの魅力を 伝えたい、、、








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ワグナー・ナンドールさん ハンガリー生まれ
彫刻家・建築家・哲学者

第二次大戦、ハンガリー動乱を経て スェ-デンに亡命、

日本人のちよさんと出会って結婚 後に帰化している

1969年日本へ   そして 翌年益子へ

(そのころ、私は 益子の隣、真岡市の女子高3年生で 彫刻科受験で東京へ、、、

あの頃 既に お二人は もう益子に住んでいらしたんですね~、、、

もしも もしもひょっとして出会っていたら 1浪せずに ワグナーさんに弟子入り・・・

な~んてあったかな、、、??!)



益子に住んで お二人は  アトリエ・茶室・禅の廊下・住居・五角堂ギャラリーなどなど、、、次々と

これらすべての建物を 自分たちで建てたそうな、、、!!!

ワグナーさん自ら ユンボを運転し 斜面整地したり、屋根の釘はちよさんが打ったりとか、、

会えばとてもそんな風には見えないちよさんです。

(戦争で負傷したワグナーさんには後遺症が残って 出来ない作業もあったとか、、)




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2015年秋期展のポスター  「禅の廊下」という 2階建ての長い建物  1階内部

2メートル、、 それ以上の石膏原型が 幾つも並んでいるのが見えますね

でも内部の撮影は禁止なので 屋外のブロンズ彫刻を紹介します、





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「哲学の庭」 計11人の賢者の像

円環の処には 世界の5大宗教家 思想家が 一同に会しています。

生前ワグナーさんは
「これが もし日本でなかったら 完成前に自分の命はなかったろう、、、」と言っていたそうな・・・

お正月には神社にお参りし、日々仏壇に手を合わせてお線香をあげ、 教会では結婚式もするし、

バレンタインに、  ハロウィン、、と何でもござれ・・

それらが自然と行われている日本だからこそ 命の危険もなく完成できたとのこと、、、

本来なら対立宗教の祖を隣り合わせに作るなんて、 日本人の私にはピンときませんが 

とても危険な行為なのでしょう、、
 
危険と言えば、、

ハンガリー動乱の指導者の一人だった政治亡命のワグナーさん、、

 敢えて 車がすれ違えないような細い道の奥にアトリエを構えたのには

危険を避ける目的ももあったそうです、

(敷地の奥には何台も駐車出来るスペースがあるのですが、 途中狭いのは 

そんな理由もあったのですね、、、)
  
「哲学の庭」 は 母国ハンガリーはもちろん 

都内中野区の「哲学堂公園」内(妙正寺川沿い)にも設置されています

http://www.tetsugakudo.jp/tetsugakunoniwa.htm






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中心の球を囲む円環には

・アブラハム(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、、、聖典の民の祖)

・エクナトン(エジプト王 アメンホテプ4世、、 アモン信仰を捨て アトン崇拝を開始した)

・老子( 道家の祖)

・キリスト( キリスト教)

・釈迦( 仏教 )


その周りには

・ガンジー(インド独立の父。弁護士、宗教家、政治指導者)

・達磨大師 (禅宗)

・聖フランシス(フランシスコ修道会創設)


そして
・ハムラビ(「ハムラビ法典」制定)

・ユスティニアヌス(ローマ法大全編纂)

ちょっと離れて
・聖徳太子(憲法十七条制定)





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「アブラハム」



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「エクナトン」



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「キリスト」



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「釈迦」



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「老子」

ワグナーさんは 幼い時におじいさんから(お父さんだったかな・・・?今手元に自伝が無くて曖昧だ・・・) 

老子の本を渡されて 愛読書だったそうな、、

「禅の廊下」の2階には テラコッタの老子像がいくつも並んでいる

こんなに 沢山の老子像を作った作家を私は他に知らない





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「ガンジー」




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「達磨大師」





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「聖フランシス」




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「ハムラビ」

何度も戦争を経験してきたワグナーさんの平和への想い、、、が

法律の祖  ハムラビ・ユスティニアヌス・聖徳太子の像となってるんでしょうね、、



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「ユスティニアヌス」








ここから、木戸を開けて東に向かうと 空に聳えるように立つ像

冠は天を突いてしなり、衣の裾はまき上がり

風に向かって歩いてる、、

困難もなんのその、、、という風だが

見上げるお顔は 意外や、、 穏やかに見える、、






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「聖徳太子」








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「聖徳太子」





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「馬」

この2頭の馬たちは 日本の○室の ある ごき○う○い を象徴して造られたものと聞いた





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「未敷蓮華 (みふれんげ)」

「みふれんげ」・・・音の響きがいいですね、、

私はこの像で初めてこの言葉を知りました。

未敷蓮華は蓮華の蕾がまさに開花しようとする状態のことであり、、、とあります

どっかりと腰をおろして坐らずに 斜めの蓮の葉に乗った形がまた、

この音の響きと合っているようで、、、

ワグナーさんは 造形ばかりでなく

日本語の音にも美を感じていたような気もしますね・・・






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「未敷蓮華 (みふれんげ)」

とても日本的な まさに「「未敷蓮華」の顔立ち、、、




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「宮本武蔵」

「禅の廊下」の東の端の 斜面の上に端坐する宮本武蔵、、、

なぜこんなところに、、?と思うような面白い場所に座っています、

剣豪でありながら 学者の風貌、、


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「禅の廊下」


2階には テラコッタの小品が沢山並んでいます

大小の墨絵(?)も多数あって、大きいのは畳1枚位のサイズに 筆が走っています、

ワグナーさんの平和への希求が まるで 走る筆 となってるようです、、、

展示室の他に 東西の端の2つの部屋には本や写真アルバムが何冊も置いてあって とても1日では見きれません

ある人は 年に2か月の期間中 毎日のように来て

「ピエタ」像 だけを見てから 仕事に行かれるのだとか、、、

撮影出来ないので 紹介出来ませんが

このピエタは マリアが両足踏ん張ってキリストを抱き抱えている像で、

座って抱き抱えているイメージとは 全く異なります。

細い像ですが 力強いのです

ちよさんが初めてワグナーさんのアトリエを訪ねた時 この像を見て 感動したのだそうな、、

この像が 二人を結びつけたと言っても過言ではないかもしれないな、、、

などと 勝手に想像してしまいます、、、





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「エターニティ」(ステンレス)

ステンレス鋳造は 収縮率が大きいので ブロンズ鋳造と違ってとても難しいのだそうです、

ワグナーさんは 自分でその収縮率を計算して 世界で初めて ステンレス彫刻を作った人。。。

ちよさんから聞くと、昔の映画に出てくるような あの手回し計算機で  計算したんだとか、、

にしても、、彫刻家 建築家 哲学者 のほかに 数学者というのも加えられそうですね。。。





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「恩人」

日本に来てアトリエ建設を始めた当初は 普通に業者さんに頼んでいたそうです、、

ところが 折しも高度経済成長期で 腕のいい職人さん達は皆 都会に行ってしまい

来てくれたのは 腕がいいとは言えない職人さんたちだったそうで、

問題個所を指摘すると こじれて 結局は 資材を売ってもらえないことにまでなってしまったそうです、

むき出しの鉄骨が立ったまま 中断されて 進退きわまったそうな、、

その窮地を救ってくれたのが ちよさんの知人で足銀頭取のこの方だったそうです。

以来、お二人は 自分たちで作ることにして コツコツと建設工事をしてきたそうな、、

こうして アトリエ・茶室・住居・禅の廊下・五角堂ギャラリーなどなど作ってきたそうです・・・!!!

なんという お二人でしょう!!!







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「茶室」






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「茶室内部」

黒白ラインは ワグナーさんが フリーハンドで描いたそうな、

とてもモダンな漆喰壁です。

奥の方に見える下窓からは 丁度、母子像が見えるようになっています。


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「茶室白壁に映る水紋」

茶室前の池が風で波打つと 漆喰の白壁に さざ波紋様が映って

飽きません

子供のころ 蔵の壁に映っていた紋様をやはり眺めていたことを思い出しました

太陽と 水と 風と 木の葉と 白壁が作る映像、、、

ワグナーさんには 想定内だったでしょうね、、



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「茶室とアトリエの間の母子像」




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「母子像」

これを見て 私の母子像と似てるね、、と言う人が何人かいて

嬉しく思いますが、とてもとても 足元にも及びません、、

こんなに 潔く シンプルには 出来ないし

こんなに 形だけで あったかくも出来ないし、、、

溜息・・・・





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「アトリエと母子像」

このワグナーさんのアトリエは とにかく天井が高い!!

斜面を利用して3階建ての感じ、、

当時のまんま、内部はそのままにしてあって、とても興味深い

この前までは 使いかけの粘土が乾かないように ちよさんが濡れた布で保存して 

そのまま置かれてあった!

ワグナーさん手作りの椅子もあって これがまた、すわり心地がいい!

何本かビデオも見ることができる

アルバムを見たり  作品を見たり ここでビデオも見たりしていたら

とても1日2日では 無理だ、、

だから、リピーターで 訪れる人が多いのだろう

個展は1か月と長丁場だったから

ちよさんから ワグナーさん直々のデッサン方法も教えて貰った!

また、こんなお話も聞くことが出来た

ワグナーさんは 粘土を付けるのが とても速かったそうな、、

心棒が出来上がると

翌日は 朝 下着から全てを着替えて 身を清めて祈ってから始めたそうな、

「はい」の合図の元に 粘土をじかに手渡すのはちよさん

ちよさんだけでは間に合わないので もうひとりいつも頼む人がいたそうな、、

おじいさんで その人が使いやすい大きさにしたのを 

更にちよさんがげんこつ位の塊にして ハイ  ハイ  ハイ 、、、と次から次から渡しても

遅いくらいのスピードで 瞬く間に 荒付けを したそうな・・・!!!

一日でほぼ おおまかな 大体の形が できてしまったそうです、、、


しかし、その最中に 邪魔が入ると その像はもう出来あがらなかったそうで、

一度その時のエネルギーが中断されるともう継続出来ないらしい・・・

要するに 粘土を付けているときは 一種 神がかっている・・・とでもいうような状態なのかもしれませんね、、

そういう姿を 目の当たりに間近に見てきたちよさんのお話はとても興味深い。

「禊して祈ってから 粘土をつけ始めた」・・・ここに制作の原点、基本があるのだろう・・・



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「詩人  ヨーゼフ・アティラ」


この像はハンガリーで作った 若い時の作品だそうだ

哲学の庭の彫像達とは粘土のつけ方が違うが

好きな像のひとつ、、








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「モーゼ」

モーゼはただ一体だけ  離れて竹林にある

そこには 意味があるのだそうだ

敢えて像の前に 竹が 生えてるのを 良しとしたそうな

普通は邪魔で真逆であるが

モーゼの「海割れ」の話があるのだから、、 竹を海としたのだろうか、、、?

などと思ってしまった、、


最後に

ワグナーさんは良く言っていたそうだ。

『 私は文化、宗教などの相違点よりも

各々の共通点を探しているのです。

共通点を通してしか

お互いに近づくことは出来ないのです。』

『哲学の庭』 於 益子

ワグナー・ナンドール




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「せんぶり(薬草)」

モーゼの像の傍の竹林に、せんぶりが群生していた、

昔は 「とうやく」  と言って山へ行って 採ってきておいたもので

乾燥して 薬として常備しておいたもの。

藁屋根だったころの実家の土間には せんぶりの束が架かっていた

久しく忘れていたあの苦い味が口の中に蘇ってきそうです。




長い記事に お付き合い ありがとうございました!!!


次は私の併設個展の模様を!!
(FC2は 写真を縮小してダウンロードしないとアップ出来ないので それがネックで
なかなか書けない、、、言い訳です~!)






関連記事

大日如来と観音様と 開眼式

02-01,2016

開眼法要式が 2016年1月19日に 済んで

やっと納めることが出来た観音様と大日如来、

お話を頂いてから かれこれ15年 経っていた。。。



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お寺のご本尊 黒い大日如来さんは かなり古いらしい (ご住職が室町時代のものと言っていたような、、)




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注文主の母屋の横の楠  大日如来はこの木の枝の部分で彫った
原木のまま 当時のアトリエに運んだ時はわからなかったが
彫り進むと頭の部分が 「うろ」になっていた
幸い荒彫りの時に取っておいた木があったので それで 「うろ」を埋めることが出来た
良く見るとモザイクのように見える部分だ
顔の部分に「うろ」が出なくて幸いだった




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「観音堂」 母屋から少し離れた所にある
夏は涼しく 快適だそうで 注文主はここで昼寝すると言っていた
高床式だし さぞかし気持ちいいだろう、、、!





入間市中神のアトリエを借りていた頃 実家の父と2人で栃木県から原木を運びこんで 

最初に鋸を入れてからは 11年位だろうか、、、

もちろん その間 ずっと彫っていたわけではない。


間には ほぼ毎年 個展や 2つの会のグループ展 (全部参加すれば5回) や 注文の制作や

はたまた 孫と遊んだり~の その他もろもろ あり~のを経て

随時彫りながら 出来あがってきた、、、


長かった、、、


だが 結果論だが それだけ 時間を必要としていた・・・気がする

弁解がましいかもしれないが、お話頂いて すぐに 彫っても 納めた2体のようには 彫れなかったろうと思うのだ

私自身の成長を待たねば 彫れなかった気がする

どこがどう成長したのかと問われても 答えられないが

こういうことを味わうと 年を重ねるって いいことだな、、とも思う。。。



そうして 観音堂に納めてすぐの 3日後の 22日

注文主のお父様が天国へと旅立った。 92歳だった。

体調を崩してから 4か月だったという、、、


ナント!!   お堂に納めて 3日後の旅立ち・・・!!


待っていてくれたのかな、、、?

安心してくれたのかな、、、?


複雑だったが 驚きとともに 安堵した。


間に合って良かった、、、と思った。


長い間 待っててくださったとしたら、、 

本当に 心より ありがとうございました としか言葉がない

お父様の旅立ちに この2体の大日如来と観音様が寄り添ってくれたとしたら

こんな嬉しい事はない。。。

ただただ ご冥福を祈りつつ 感謝にて ありがとう。。。









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追伸

注文の仕事というのは  今の自分の先を行くような仕事がやってくる気がする。

だから もがいて もがいて 彫るうちに 

気がついて 学んで                      

育てて貰っているようだと思う。


つい先日 また 等身大以上の 母子像の仕事を頂いた

去年の夏 長野で彫った「縄文の母」は 横たわる母子像だったが

今度は 立っている像だ

だから もろもろ 課題はいっぱいだ!

大変だが 嬉しい!


これについても エピソードは尽きない

最初 これは 200×65×6 (㎝)の木彫レリーフ  「さくらんまん(桜と家族)」   になる筈だった

お話を頂いて 既に 木を運んできて 

すぐには彫れずに 寝かせて数年、、、

やっと 仏像2体を納めて 狭い仕事場が空いて これから彫るぞ~と

注文主に最後の確認に行ったら その場で レリーフから 立像に変わった!!!


ほほう~~~~!!!

私としたら 願ったり叶ったりだ!!!

又 大きな母子像が彫れるぞ~~~!!!

ありがたいなぁ~~~!!!

益々 健康でなければ・・・と思う

心と 身体と 両方の健康だ

母譲りの 超ノーテンキなお陰で 心の方はまあまあ何とかなる

身体の方も 父譲りのDNAのお陰だろうか、、力持ちだ

それと主人の料理のお陰で何とか健康だし

プラス Hさんの整体で鬼に金棒

更に妹のアドバイス、、

妹には 最近 手づくり乳酸菌飲料とやらを教わった

(この妹がまたまた面白い人で 話し出したら切りがない、、 いつか 絶対書いてみたいと思っている)

  
身体と 心と うまくつきあいながら いずれ来たるべきその時まで彫る、、


還暦過ぎて やっと 何か彫れそうな気がしてきたこの頃・・・・

息してるだけでも なんか 嬉しい気がするのに  更に何かを彫れるなんて幸せだと思う

ただ 長野で酷使したせいか 右腕に痛みが残っているので 気をつけねばだ・・・




追記・・・  去年の益子での個展のまとめも出来てない内に こちらが先になって

        順序が逆になってしまった!

        益子個展はこれからまとめようと思う。。。

        ただfc2は 携帯で写した写真の 画像を縮小しないと 大きすぎて使えないから そこが大変でつい後回しに、、、

        個展の場合は枚数が多いから 縮小するだけで一日以上かかってしまうかも、、、、

        でもコツコツやれば必ず終わる、、

        動けば変わる、、 亀だって、、、

 
    











関連記事

家具大移動

12-31,2015

数日続いた家具の大移動

昨夜  やっと終わって時計を見たら 12時過ぎ。




数十年前  都内の職人長屋に住んでいた頃

本の重さで床が抜けて以来  減らし続けてきた本類だが、 いつのまにか増える

思い切って処分しても、 これだけは・・・と思って残して来た本達、

でももう  今回は それもいいかな・・・手放しても・・・と思えた。




益子での個展の後始末、、、 いつもなら 全て額は2階にあげるのだが、やめた。

膝にきそうな気がした

重いものを持って階段の上り下りは さすがにきつくなってきた

大きいのは1階に置いておくことにした。



数年前まで1階はおばあちゃんの寝室だったし その後は自分たちが寝ていたから

額は2階に運ばなければならないと思い込んでいたが



自分らが2階へ移動すればいいじゃないか・・!!



2階に寝て数か月、、


「この本棚 寝てる時に倒れてきたら大変だね」  と、主人がぽつり

その一言で 火が点いた

ずっと くすぶっていた思いから一念発起、

ず~~~~~っっと、何とかしたかった家具配置、

 決める前に動いた
    



まずは壁一面の本、、、、


ネットで見つけた本買取さんに連絡すると、翌日には段ボール箱が 5箱届いた

5箱では足りず 最終的には6箱になったが

箱詰めしながら閃いた



背の高い本棚は・・・・寝かせれば低くなる!!!



今まで立っていた本箱を 横にした


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そうして 本の代わりに  そこに入ったのは木

小さめの木の塊・・・

1階には より大きな木の塊・・・

彫刻用・台座用合わせて 何十個あるだろう、、、

数えたこと無いが  お迎えが来る前に全部彫れたら幸いだ。





私は 物心ついた頃から 掃除や片付けが好きで、

年寄り婆ちゃんの手伝いはもちろんだが

勝手に あちこち片づけては 怒られていた

褒められるのではない、怒られた。



 「よーこ!ハサミはどこだ?  ○○はどこへしまった?」

 大人にとってはずいぶん迷惑だっただろう・・・



誰もいない時に掃除や片付けをするのが好きになった



 
今は 夜中 ごそごそやっても 自分の好き~~に片付けても 怒られない

のびのび 自由に出来るのが 

う・れ・し・い



今回のヒットアイデア

     ↓
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背の高い茶ダンスを 二つに分けた

上下組になってるのを 左右に背中合わせに並べた

これが とても 具合がいい!

モノが置けるし 視界が広がった!

気分上々~

ニヤニヤだ

あまり寝てないから これを書いててウトウトするが 

う・れ・し・い

(家具は 基本 一人で動かすが、きっと父母の力持ちの遺伝子を受け継いだのだろう)


私がごそごそ家具移動をやってる間 

主人は台所で 豆を煮たり、唐揚げを作ったり、パン焼き機でお餅を作ったり・・・・

今はいつもの 酵素玄米を炊いている

お陰さまで私は好きなことばっかりやってる

ありがとうございます。

心よりお礼申し上げます。



年内に 益子個展のまとめをアップするつもりでしたが  今夜から出掛けてしまうので 来年にします。


いつも 読んで下さる皆さんへ

良いお年をお迎えください!!

ありがとうございます。。。。

最後に 縁起ものの亀の親子の下絵アップ

これは 鏝絵(こてえ)の下絵です

茅野市の蔵の壁には鶴や亀や龍や大黒様やその他縁起の良い絵が描かれています。

描くというよりレリーフ彫刻です

昔の左官屋さんは 彫刻までやってしまったんですね~~~!!

いや今も職人さんはいらして 伝統文化を守っています

というわけで 注文の亀の下絵を描かせて貰いました。(下絵なので いつもの版画タッチとは全く違います)

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では 良いお正月をお過ごしください!!

来年も どうぞ 宜しくお願い致します。


そうそう!

最近の空、月、雲、、、、きれいですよね~~

其れは・・・友人の記事読んでみてください。

http://ateasesalon.jugem.jp/?eid=1025








関連記事

益子で個展 と 神田でグループ展 の案内

09-14,2015

益子焼きのお店がずらりと並んだ通りに 大きな たぬきの像がある。

「共販センター」

その向かい側の  ゆるやかに曲がった細い坂道を登って行くと

「こんなところに ホントに ギャラリーがあるのだろうか、、」と、少し不安になるが

やがて平らになって 竹藪の小道が見えてくる。

その左側斜面に点在するシンプルな数棟、、

「ワグナー・ナンドールアートギャラリー」

http://wagnernandor.com/indexj.htm

ハンガリーから亡命してきた彫刻家 ワグナー・ナンドールさんが

奥さんのちよさんとほぼ2人で作り上げたという。

ナンドールさん亡き後 ちよさんと数名のスタッフさんで 春と秋の2回 

常設展が1か月間 開かれる。


下のポスターは  「禅の廊下」 の中の展示風景



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その一角にあるナンドールさんデザインの「五角堂ギャラリー」

そこで 今回

秋季展   併設展   「宇賀地洋子 木彫と木版画展」と題し

10/15日~11/15日まで  1ヶ月間の 個展をさせていただくことに。。。





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半分以上 ガラス張りで 壁面は 大谷石で 形は五角形!


そこに 木彫と 木版画と、、、

いったい  どんな空間になるだろう・・・?!?




 

前後しますが

その前に  今日から
 
グループ展始りました!

      ↓
神田神保町 の 「文房堂ギャラリー」 にて 「祈りの造形展」 





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昨日 展示して 慌てて写真を撮ったせいか  

ボケボケ~ですが~

こんな 感じ。。。
   ↓


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宇賀地洋子


長野で彫っていた2メートルの大きなものから 一転して 17センチの 月光菩薩、、、ふう、、、

友人の子の病い回復を願って、、、



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宇賀地洋子  ・  木版画

真中は タイトル 「い・し・き」、、、曼荼羅、、ふう、、

ミクロの世界から マクロまで 四季を織り込み 宇宙樹、、、ふう、、、

最近 「宇宙樹」についてあれこれ思っている、

3枚とも ずいぶん昔の作品だが

そんなこともあって 今の自分の方が 作品により近い気がするから不思議だ、

自分で作っておきながら、、 今のが近い心境だ 等と言うのも 変な話だが、、、

作る時は パッと頭に浮かんだものを形にしているから

ある意味 分かってないで作っていることが多々ある。

後になって そうだったのか~、、、と思う事がよくあるのだ、、



これも そうだ、

両脇の 2枚は 「風ー1」「風ー2」

似ているが違うポーズと背景だ

何故後ろ向きなのか、、、当時は浮かんだまんまを彫っているから

何故か なんて深く考えもしないで彫った、

しかし

やはりこれは、、背中をこちらに見せて 後ろ向きでなければ、、、

だって 版画の中の風の子は 前を向いているのだから・・・






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山田美和


先ごろ 山田さんの写仏が 本になった。

http://www.amazon.co.jp/%E4%BB%8F%E7%94%BB%E5%85%A5%E9%96%80-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E7%BE%8E%E5%92%8C/dp/4393139046/ref=sr_1_6?s=books&ie=UTF8&qid=1442220610&sr=1-6&keywords=%E5%86%99%E4%BB%8F%E5%85%A5%E9%96%80



美しい線だ!!

線を見ているだけで 心が洗われる、、、






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小西淳子







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小西淳子



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小西淳子





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稲木伸行











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大山千鶴子








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村田洋子


長い闘病から戻られて 再び 筆を握った




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本多玉枝







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池田久美子

      ↑
高価な西陣織 の作品
       ↓

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池田久美子





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大岡英代

大岡さんは 会の最長老(80代)で   芸大彫刻科 の 女性第1号。

高齢の為 ある時から 西村公朝先生の助言で 彫刻から切り絵に転向したとのこと、、

色はすべて 裏側から和紙を貼ってある!




この会は 山田さんを除いて 皆さん 先輩、、!!

ある意味 元気パワーを戴く。


















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増田昌弘


漆と 金箔 を使ったもの

近くで見ないと、、、




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水谷靖



能面・・・微妙な彫りで表情が変わるという






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西村公泉


この会の創始者 西村公朝先生の像を 息子の 公泉さんが彫った。


ウィキペディアより 西村公朝先生の事
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9D%91%E5%85%AC%E6%9C%9D



40数年前 先生は  「ほとけの造形展」を立ち上げ  大勢会員さんがいたとのこと、

私は 先生亡き後のご縁で その様子は知らないし

芸大在学中  奈良 京都を巡る 1ヶ月間の「古美術研究旅行」でお世話になった時の記憶もおぼろで

写真で見る印象位しかないのだが

 あぁ~公朝先生だ!  と思ってしまった。




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西村公泉




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神山恵光   以下同じく


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以上 
 
この会は 

春は巣鴨で「ほとけの造形展」

秋は神田で「祈りの造形展」   として  年2回の開催だが 

毎回というわけにいかず、今回こうしてアップ出来て 良かった、、、気持ちがいい。



ところで 

最近 私は顔を彫るのが面白い

目があって 鼻があって  口があって  エトセトラ、、、

誰が 此の「つくり」をデザインしたのだろう、、、と感嘆する


顔を彫っていると 

広大な大陸を まるで 蟻が這っているような感覚に時々おそわれる

山あり、、谷あり、、

地球を徒歩で旅するようだ、、


旅は どんな旅も  きっと面白いのだろう。。





以上  個展と グループ展の案内でした。



(益子には 泊りがけで ほぼ毎日ギャラリーに居る予定、
今日からのグループ展には 最後の2日間居ます。)


関連記事

縄文の里で 「縄文の母」 を彫った

08-21,2015








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(完成直後・Mちゃん撮影)





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(彫り始め)




7月の1か月間では  終わらなかった、、、、


約2メートルの大木を そんな短期間に彫ったことは無かったが


缶詰め状態なら出来るかも知れない、、、と思った、、、


甘かった、、!!



しかし、助っ人がいた!!



注文主の堀田家 の まん前に住むHさん

まるで 堀田家お抱え 土木作業のプロ

この大木を重機で吊って移動してくれたり、、 台座を高くしてくれたり、、!!!


「いつでも なんかあったら 俺に言ってくれ、、」   


Hさんが 居なかったら 下の方は彫れなかったなぁ・・・・


堀田さんいわく Hさんは女性にはやさしいからとのこと、、


にしても、 天の采配のような人だった・・・


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(真先に声かけてくれたHさん)






制作中の写真は 1か月経って 迎えに来てくれた主人が写したもの、、

制作中の写真なんて・・・大学時代以来! 




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(ちょうど1ヶ月目)




堀田家ガレージで彫っていると

通りすがりに 色んな人が声をかけてくる


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近所の小学生が登校前に、、、


お喋りな子  ひょうきんな子  黙ってる子・・・みんな違う、、




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美人でスタイルのいいKちゃん  帰りに寄って おしゃべり・・・


週5日はダンスのレッスンとか、、時に好きな子の話、、

「おばちゃんは クラスに好きな人いた?」

「う~~~ん、、、!?」、、  

50数年前。。。???





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孫が あちらのじじばばと 娘夫婦と 陣中見舞いに来てくれた。



他にも 近くに住む大学時代の同級生たちや友人が訪ねてくれたり、、、








ある時は  男性だったが 

「ここは 縄文の里だから これは 縄文の母 だね~」と話して行った。


堀田さんも「縄文の母」が気に入って 決まり~!!


(もともと このデッサンには「幸せモフモフ」というタイトルが付いてたが 
堀田さんが言うと 何故か 「幸せフワフワ」・・・になって 覚えてくれなかったから 丁度良かった)


この辺り一帯は 大昔 縄文人が住んでいたところ。

近くには「茅野市縄文考古館」があり、

2つの国宝「縄文のヴィーナス」と「仮面のヴィーナス」がある。



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「縄文のヴィーナス」



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「仮面のヴィーナス」


縄文人が何万年も何故ここに住んでいたか?・・・・しばらく滞在してみて肌で感じた。


何故か ・・・?  いいところだから。



まさに 縄文の里で 縄文の母 を 彫らせていただいた!!




途中一度帰宅したが また、すぐ戻って お盆前には仕上げねば、、、と、奮起。

ラストスパートは 3時起き 5時から彫ったお陰で8/12日には完成!

今年は妹の初盆だったから お盆までには仕上げたかった。



それに  39日間で彫れたのは 缶詰で 「仕事三昧」が 出来たお陰!


初めて 「仕事三昧」の味を味わった。



大変だったけれど しあわせだった。。。

苦しいけど 楽しかった。。。

こういうのを 至福の時間と言うのだろう、、


「仕事三昧  は  至福の味」


現場は外で 長野でも暑かったけれど  さほど感じず集中出来たのは

その至福の味のお陰かもしれない、、、





そして 堀田さんの上げ膳据え膳のお陰・・・!!


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(ある日のお昼 堀田さん弁当)

弁当ばかりでなく  土日は  あちこち外食にも連れてってもらったり

(観光地長野だから すぐ近くに色んな店がある)


10時と3時には 必ずお茶かコーヒー、お菓子や果物 漬物などなど

いつも 美人従業員のYさんや他の方が運んでくれて

暑くないかと心配してくれたが  屋根の下だから意外に平気だったのだ



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(いつも気遣ってくれたYさん)


堀田さんは朝4時起きでみんなの弁当作ってから 社長の娘さんと仕事に行く、

多い時は10人分位になるそうだが その中に私の弁当も加わった、

しかも昼と夜の分、

時々 夕方 早目に 「はい!夜の弁当」 と言って渡してくれると

「パソコン教室行ってくるね~」と言って出掛けた。

電話かけてるのが 堀田さん 撮影中も 仕事中~~
               ↓


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(私・娘さん・堀田さん・ご主人)



年齢70うん歳、、超元気で 従業員のMさんは 「堀田さんは人の4倍働いてる」 と言っていた、

確かにじーっとしていない、食べるのも早い、何か決めるのも早い、

思ったらすぐ行動、、、が運転は意外に慎重~!


朝から来客も多いし(昼間居ないからだが・・・)皆早起きだ!

ラストスパートで5時に行っても 

「はい!目覚めのコーヒー」と言って パジャマ姿の堀田さんが持ってきてくれた!!!


従業員さん7人の会社経営のほかに 

お父さんの油絵を展示した「五味保記念館」を運営し

10人分近い弁当を作っているというのに

台所はピッカピカ!

最初この台所を見た時は ここで 料理教室をしてるのかな・・・?と本気で思ったほどだ!

それくらい 余計なものが何も無くて 収納されてるから ここ使ってるのかなぁ・・・?と思ったのだ


それに家の中ばかりでなく 庭は ほぼ毎日 Tさんが手入れしてるから 実に清々しい

「綺麗じゃないと そこから 魔がはいるからね!」と堀田さんは言う

どうりで 堀田城(?)は 気持ちがいい



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(母屋の前庭)



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(五味保記念館の前庭)



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(Tさんの作る石庭)




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部屋の 高くて大きな窓からは 空まで見えるこの庭に、

木彫が置かれる予定だが 設置されたら 写真を撮りに行こうと思っている

記念館は常時開館してないが 連絡して訪ねると開けてくれる

コーヒーやお菓子まで付いてくる、、、

もしも 「縄文考古館」に行くことがあったら 

「五味記念館」と「縄文の母」 も訪ねてみてください。

Tさんが 庭掃除してるかも~~
  ↓

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(広い庭をいつも綺麗にしているTさん)



Tさんは 時々 彫ってる所にやってくると 

「いいねいいね~いい表情だね~和むね~」と 声をかけてくれた

いっぱい背中を押してもらったんだなぁ~~と  今頃気付く。。

やさしい人たちがいっぱいだった、、、


第2のふる里 になった気がする




寝泊まりは諏訪湖を見下ろすマンションで、

その最上階には温泉、

露天風呂あり!!!

長野に行く前は 痛かった右肘の内側が 彫ってるうちに治ったのは

露天風呂が効いたのかもしれない・・・




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(部屋から諏訪湖が一望できた)





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行って6日目  夕方 ふと裏山を見ると・・・・

鹿が2頭・・・!!  

柵があるのに 柵を越えて 草(?)を食べている


滞在中 鹿を見たのは この時だけだったが、、ラッキーな珍しいことだったらしい



それから、早起きのお陰で  ツバメの巣立ちも見られた


うす暗いうち玄関を出ると 多分近所のオジサンが  


「ほらほら!もうすぐツバメの雛が飛び立ちますよ!」と声をかけてきたので 一緒に見守った


親鳥が 4羽の子が 飛び立つのを 促している


間もなく 一斉に飛び立った、、一瞬のことだった、、


そのおじさん 「今日は きっと いいことあるよ~」 と言ってった



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(4羽の子と 親ツバメ)





後半戦は 

夜はもちろん

朝まだ暗いうちに温泉入ると  身体にスイッチが入った。

車の少ない20号を運転しながら 制作現場までの道のりは これもまた至福の時だった。

朝焼けには 何度も涙した

夕焼けにも泣いた 
 


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(すぐに変化してしまうが  幸い撮れた一枚  ・運転中撮れなくて、、 )



山々も雲も 今まで見たこともないような色調が現れては変化していく、、

あんまり美しいから号泣した


あぁ~地球はうつくしいなぁ~~~


思わず声に出た。





うつくしい縄文の地で 縄文の母 が彫れたこと・・・


・・・もう夢のよう・・・。。。


・・・まるで  プレゼント・・・。。。




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今回の長野では多くを学んだ

・仕事三昧の味

・早寝早起き  のお陰で   水色の山々 や 雲と空のドラマなど、、見れた

  私のまだまだ知らない色がいっぱい!



・堀田さんの1時間は 2時間3時間にもなる

  時間って 人によって違って   伸び縮みするのかも、、、





そして 今回も  彫っていて思ったこと!

・木を彫るのは 人生と同じだなってこと、、、



  今更だけど、、



例えば、、

目の形が気に入らないから彫り直そうと思った時、

鼻や口はいい形だから そのままにして   ダメな目だけ彫り直そう  としても

それは出来ないってこと。。。

すべて繋がってるから ココだけ変えるっていうのはありえない、、

いいところは残して ダメな所だけ彫ろう、、は 通用しない、、、

全体良くしたかったら  一番ダメなところに 焦点当てないと 変えられない、、、


ダメを 変えれば すべてはそれに呼応する




せっかくここは良く出来て気に入ってるから  

そのまま彫らないでとっておきたいなんて思ってもムダ



すべて繋がって 影響し合って 全体が響き合ってるから・・・






 やはり 前回のブログにも書いたが 「創造は破壊」

彫ることは壊すこと 壊して壊して もう壊せなくなった時が その時の 自分にとっての完成で、


99,999パーセントまでは まだまだ終わらないんだけど 最後一瞬にして ひっくり返る、、、

ひっくり返って 突然 終りが来て完成!

そうすると 

ここはいいからそのまま取っておきたいと思った鼻や口も 

ダメだった目を彫り治したお陰で 

更によくなってる!

いいところを残して 全体よくしようとしても 良くならなかったが

一番ダメなところをなんとかしようとすると  


 いいところは更に良くなってる、、という結果が付いてきた



いつもながら

そうか そういうことか~~~

ニヤニヤ・・・

一人で こんなことを 面白がっておりました。



それに いつからか

形が決まると 私の胸の真ん中辺り  

乳房の間 (胸のチャクラ・・・??) が 反応する

なんと言えばいいのか、、、気持ちのいいものが走る

すーっとする、、、というか何というか言葉が無いが

その感覚がやってきたらオッケー


それに 全体が響き合ってるから じーっと見てると

昔話じゃないが、木が ここ彫れワンワン  と言ってるような気もする


木そのものが 違和感を感じて  ここが変だよここ彫ってよ!と言ってるような、、、



というわけで

ただ 木を彫ってるだけでも  色んなドラマがあります。


今回 長野では 色んな人にも出会って 更にドラマもいっぱい生まれた!!





縄文の里の やさしき人たち  に こころから 感謝を込めて。。。



追伸

「木も用意してあるで~~~身体ひとつ彫りに来てくれればいいで~~~」


1年前に 用意された木は  クスノキ


もともとあったヒビが  ちょうど女の子のほっぺたに 位置してしまった


初期の段階で  これはいずれ ヒビを埋めに又来なければいけないな  と思った


彫り進むと  やはり 木が濡れている


まだ、1年前購入の木だから 乾燥が足りなかったのだ、、


ヒビも増えてきた


湯田さんに聞くと 2~3年はそのまま乾燥にまかせて ヒビ埋めはそれからがいいと言う
   ↓
(過去のブログに何度か登場している  ねこの手工房の湯田さん)

http://kiborikko.blog94.fc2.com/blog-entry-116.html

というわけで  2~3年後  また 第2のふるさとへ、、、。


写真追加

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(お尻~)


ある人いわく  お尻が色っぽいね、、、だって~



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(正面)


実際 設置場所に置かれたら 光の具合で どう変化するか、、、楽しみ、、、。










日本ガーベラ  と   年寄りばあちゃん

06-04,2015

50年以上も前の 子供のころの記憶に  一番鮮明な花・・・    

名前も知らないままに来て  「 日本ガーベラ」  と 教えてくれたのは パソコン
      ↓
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「日本ガーベラ」


母屋から少し離れた隠居所に 咲いてて、 

当時 80代の年寄りばあちゃん(4世代家族で若ばあちゃんもいたから年寄りばあちゃんと呼んでた)

と  足が悪くて寝たきりのその息子(あんちゃん)が住んでて

その狭い庭の 朝顔や インキ花や 立ち葵や、、、

さまざま花びらを摘んでは 赤やら青やら 色水を作って 遊んだところ。。。

遊びの材料にはならなかったけれど  50過ぎて 妙に記憶に浮き上がってきた花・・・


真っ赤なのに 派手でなく   キリッと  長細い茎の先に一輪・・・ 

濃い緑の葉に囲まれて  凛として 風に吹かれて立ってる

いつ 記憶に刻まれたのか 自覚も無いが  

数十年後に 出先で突然出会った時は 思わず株分けしてくださいと

見ず知らずの家の方にお願いしてしまったほど・・・・

が、断られ 、 しばらく経ってそこを通った時は 駐車場!!!

そんなことがあったから、 すぐ近所に 発見した時はもうウキウキ、、、

でも断られた経験があるから 通りすがりに眺めて 数年・・・

そのうち どうも 誰も住んでない気配で ポストも表札も塞がれてて、、、

自治会長さんに相談したけど、連絡先わからず、

そんなとき 外でその家の掃除をしていた人に声をかけたら お隣さんで

ご夫妻はもう亡くなられて  お子さんがたまに見に来るとのこと、、、

このガーベラを株分けしてくださいと話したら なんと どうぞとのこと!!!!

他にもやはり欲しい方がいて、小さいスコップで掘ろうとしたけどダメでしたよと話してくれた、、、

ほんと!!大きいスコップでも大変でした!!!

ナント  小玉スイカ位の球根から 四方八方に根が伸びてて 

周りを大きく 深く 掘らないとびくともしません・・・

それに 低く枝を張った木の下で しかも 大きな庭石の傍で 腰をかがめて スコップ使う姿は・・・???

かくして 何十年来夢見ていた日本ガーベラが庭に来た!!

花は 元気だけれど 葉は萎れ気味、、、

根付くことを願うのみ・・・。



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「えんがわ」  

そんな日本ガーベラ 年寄り婆ちゃんも好きだったんだろうな、、、

とっても小柄(多分150センチなかったろう)で 

真夏のよっぽど暑い日以外は 着物を着て 長い前掛けをして よく働いてた

中休みには お茶もした

年寄りばあちゃんの出す お茶うけは 梅干しと砂糖 

掌がお皿の代わり、、、砂糖の真ん中に自家製梅干しをのせてくれた

あるいは 沢庵や白菜の 自家製漬物

甕の中には 黒砂糖の塊もあって そのひとかけらをつまんだりもした

特におやつなど無かったけど みな 美味しかった~、、 



郢ァ・ケ郢ァ・ュ郢晢ス」郢晢スウ0006_convert_20140618093513_convert_20150604142905
「家・庭」 

庭一面に筵を敷いて お米を天日干し、、

放し飼いの鶏が お米をつつくから 追い払ったり、、

この鶏さんたち  夜は木の上で寝てましたね、、

犬のシロも つながれておらず 悪さもせず 家族の一員

馬もいました、他に 豚、牛、山羊など、、、

病弱だった私は 山羊の乳を飲まされたり

年寄りばあちゃんのお手伝い(?)をしていたそうな、、

80過ぎても 息子の世話から 母屋の掃除その他、、、年寄りばあちゃんに停年は無かったからね。。

昔は お米を脱穀すると 庭一面に筵を敷いて 天日干しにしたから

雲行きが怪しくなって 雨が降りそうになると

一面に干された米を 筵ごと二つ折にして 重ねて濡れないようにするのは

年寄りと子供の仕事、、、

お陰さまで 私は 力持ちになって 大木も彫れるのかも。。。




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「井戸まわり」

里芋をごろごろ洗っているところ、、、

大きな木の樽に入れて 二股の木の道具で 左右に動かすと 里芋の毛が取れてツルツル!

皮をむいたりはしない、

(きぬかつぎ  は別!

皮つきのまんま茹でて 皮をつるり、、、生醤油をちょっとつけて、、、旨いのなんの~)

ごろごろ洗った里芋は 少し日に干して けんちん汁の具に、、、

年寄り婆ちゃんが 下ごしらえをしておいてくれたから

野良から帰ってご飯の支度が楽だったと母が言っていた。

連携プレーですね、、

因みに 井戸水は 夏冷たく 冬温かく なにより 美味でした



繧ケ繧ュ繝」繝ウ0138_convert_20140421144307
「ボンボン時計」


時刻の数だけ ぼ~ん ぼ~んて 正午は12回

八角形で 昔は古めかしいと思ったけど 今は 素敵な形だなと思う

振り子が左右に振れるのも  カチカチ音も  生きてたみたいで 懐かしい 

古めかしいと思ったお皿も  今は 藍色で良かったなと思う

年寄りばあちゃんは お皿を おてしょ  と言っていた

私は 田舎の方言と思って 何故か 悪い言葉と思っていたが

「おてしょ」・・・今は 素敵な響きに聞こえる




五右衛門風呂
「五右衛門風呂」


一番風呂は 年寄り婆ちゃんとあんちゃん

母が隠居所から おぶってきて 風呂に入れて またおぶってって寝かせて

夕方まだ明るい内から入った

骨と皮でしわしわの背中を 母が ごしごし 力いっぱいこすって洗っても

それが気持ち良かったそうな、、

それを 20年近く続けた母、、、、!!!



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この日本ガーベラ

根っこを掘って あまりの球根の大きさにびっくり!!

地表に出てる 一見 か細い姿とは 裏腹で

とっても 頑丈!


年寄りばあちゃん や 母たちの 記憶と 

私の内では 重なってるのかもしれない、、、と思いつつ。。。






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破壊 と 創造

04-17,2015

破壊  と  創造

タイトルだけ見たら 仰々しくて なんのこっちゃ~~~  ですが

実は 何の事は無くて いつも 木を彫ってる時に  思うことなんです。。。


今彫ってるのは   「大日如来」さん

元は 一本の丸太・・・注文主さんちの屋敷で大きくなったクスノキです







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(5月の 巣鴨のとげぬき地蔵さんでの 「ほとけの造形展」に展示する予定・・・・間に合うんかい?)


        


大学で 彫刻科の中にはありましたが、

仏像修復専門の 保存美術を専攻したわけでもないのに

いつの間にか 母子像などのほかに  仏像もどき・・・も

「勝手仏」 とか  「のんのさま」 とか称して 

勝手に 彫るようになったのですが、、、




シャンバラからの情報によると  大日如来さんというのは

あの 曼荼羅図 の中央に座ってる方で 軍のトップの役職名のようなんです

つまり 曼荼羅図というのは 平たく言ったら 軍の組織図みたいなもの、、、

                 ↓ こちらを参照

   http://ameblo.jp/aromlinea111/   ベスのブログ  の

   http://ameblo.jp/aromlinea111/entry-12000917206.html    




今までは 観音さま系・・・勝手に 母子観音などと 名づけたりして  

慈悲・・・のイメージのものばかり 彫っていたのですが

注文主さんの 意向で 大日如来さんを 初めて彫ることになって

でも 同じ仏像でも 今までとは違うぞ~~~という感覚で なかなか進まなかったら

上記のブログで  大日如来は 軍人さんということがわかって  なるほど~~~~!!!

それで 厳しい顔の表情も 彫り進めることが出来るようになって  実にグッドタイミングな記事でした!!!


それまでは ほとんど 笑顔系・・・の顔ばかり彫っていましたからね~~~

身体つきも  丸っこくて  優しくて  撫で撫でしたくなるような、、、



ところが 大日如来さんは そうはいきません、、真逆です、、

(それでも  私が彫ると 、、、

う~~~~NN   丸いかぁ~~~、、、、、、、?!?)



というわけで 今まで以上に  

破壊  と  創造についてあれこれ思ったのですが、、、




彫る  ってことは   破壊する ってことで

一彫り一彫り  現状を 壊してるんですよね、、


常に 今の状態を  壊して壊して   壊すことが 進むことで


ある時  これで止めよう・・・・って思った時が  たった一瞬   破壊が 創造に転換する時、、、


創造って  その 一瞬でしかなくて  それまではずっとずっと破壊の連続、、、



荒彫りくらいの段階だと  彫る  =   つくってる   って感覚はあるんですが

ある程度 形になってくると  彫る  =   破壊  で


でも 現状を壊すのって 大変だし  めんどくさいし  ならば 現状維持で行きたいし  ・・・・・

けど、 そのままだと どうも 落ち着かない、、

とてもじゃあないが  やめるわけにはいかない形なわけですよ、、  

つまり、 納得できる形じゃない、、  

しかも 彫刻は立体だから 360度  あっち彫ったりこっち彫ったり、、、

最後の妥協点の やめよう、、、というところまでは

壊して 壊して 壊し続ける しかなくて・・・



(もしも ここで やめようと思わなかったら  壊して壊して 壊し続けて どうなるんでしょうね~~~???

そこまで まだ 行ったことないから  わかりません。。。)



創造って 最後の最後にやってくる  一瞬なんだな~~~って思うんです。

木が素材だから 余計に 感じるのかもしれませんね、、

粘土みたいに 付けたり 取ったりだと  そんな風には  あまり思わないかもしれません、、

彫って  削って すすむ しかない素材だから  

彫る  =  破壊  =  創造  なんて思うのかも。。。


最後の  ここで 止めよう・・・って思うのだって 搬入という期限に迫られてのことが多いから

もしも  期限というものが 無かったら  一体  どうなるんだろう、、、??



因みに  過去記事に書いた 彫刻家の湯田良夫さん は  かなり 長いこと 

継続的  断続的に フクロウ を 彫り続けているなぁ~~~。。。

                 ↓ そのフクロウさんは こちら

        http://kiborikko.blog94.fc2.com/blog-entry-118.html

(この ふくろうさん 迫力です!!)
 



私も 期限で止めるんじゃなくて  ほんとに 止め~!って思えるまで 彫り続けるようなもの・・・・

あったら ワクワク・・・・・!!!




このクスノキ、、、彫り進めて行ったら、、、中心に 「うろ」が・・・ありました!!

丸太の時は 外からじゃわからなかったんですけどね、、

たった 一本の木に向かい合ってるだけでも、

ドラマが いっぱいあります!!!


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   ひとりごと・・・・(にしても、、、記事書いてて  間に合うんかい、、、?
でも お知らせしなければ   見てもらえないし~~~~、、、)



お知らせ  
ほとけの造形展



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読みにくいですね、、、

会期・・・・5月10日   ~   17日まで (午前10時~午後5時   ・  最終日は午後4時まで)


        初日10日は 午後2時から (3時から オープニングパーティー)


場所・・・・高岩寺会館(巣鴨とげぬき地蔵尊)

交通・・・・山手線「巣鴨」       または       都営三田線「巣鴨」

在廊日・・・・10 日 ・ 14 日 ・ 16日 ・ 17日  (この日は終日います)


とげぬき地蔵さんは 若い人も結構居て いつも 賑やかですよ~


★  ホームページ
                   ↓
   宇賀地洋子の 木彫りギャラリー    http://www16.plala.or.jp/ugati/





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コミュニティデザイン  (狭山ふるさと会)

04-14,2015

コミュニティ デザイン ・・・ とは 

昨日 は、前回 記事を書いた 「狭山ふるさと会」 のスタッフとして手伝いの日、
                          ↓

       ( 狭山ふるさと会のホームページ  →  http://www13.plala.or.jp/sayamafurusato/


そこで 初めて聞いたことば   ・・・  まちづくり  の意味だそうな。



「さやま市民大学」  の  「狭山地域ふるさと学講座」 がスタートして  第 1 回目

なんと  男性 8割 !!

自己紹介だと 85歳の方もいて  おそらく 平均年齢は75歳 くらいだろうか、、、、

退職して 自分がどんな所に住んでいるのか知りたくなって、、、

仕事人間だった頃は 狭山に 寝に帰って来ていただけだったので、、

などと話されていて

地元で生まれて暮らして、、という方はわずかに数人

それに 女性が少ないのが 意外だったが、

皆さん お元気で 意気込みがスゴイなぁ~~~!!



ラジオ体操でご縁をいただいた 川口さんが この会を立ち上げた。
川口さんが 1回目の講師 さやま市民大学学長さんを紹介

狭山ふるさと学を学ぶ意義 について話された

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学長の小山先生
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小山先生は 40年も前から まちづくり ということを考えてきたそうな!!

私も いつの頃からか 漠然と 「縄文村」 をつくりたい、、、という思いがあった、、、

何故かネーミングは縄文村・・・

文明を享受しながらも 争いの無い平和なイメージ、、、

お金というものが無くても暮らせそう、、、

手づくり、、、自給自足、、、などなど

昔  三内丸山遺跡古墳を訪れた影響があるかもしれない・・・


それと コミュニティ デザイン  とでは  雲泥の差があるが  

まち・むらづくり というテーマは同じ 

あまりのシンクロに 驚いた!!!

丁度 そんな話をなんと数日前にしていたばかりだったのだ。。。




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小山先生は ひとりひとりが コミュニティデザイナーだと話される



  


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国や 行政が 何かしてくれるのを待っていては ほんとのまちづくりは遠い、、、出来ない、、

しかし たった ひとりが 動きだすことで 出来るという、、

そのひとりになってくださいとのこと、、

その例として 長野県 小布施町の セーラ・マリ・ カミングスさんという方を紹介していた。

You Tube ・・・・  セーラ・マリ・カミングスさん 「小布施の町に魅せられて」 (長野県小布施町)

            https://www.youtube.com/watch?v=t4mtjCtZotQ

彼女は 小布施の町の魅力に惚れて 住み着いて まちづくりに 大きく貢献!!!

(彼女のすごい内容は 動画を見てね)

彼女が居なかったら為し得なかったことが いっぱい!!!

とっても魅力的な可愛い人!!!   


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たった一人の セーラさんのような コミュニティデザイナーによって 

まちづくりは 始まれるし 達成できるし 常に進行形だということ、、、、

あらためて また 自分の夢を忘れないでいようと思えた昨日でした。。。

シンクロの速さにも 驚いたなぁ~!!!


因みに 改めて ここに 夢を書いておこう

ものつくり や アートに携わる人たちが  ずっと 作り続けていける 場所とか 仕組み

を内包した社会  或いは  流通  

そういったものを 体現したコミュニティが あったらいいな~ということ

言葉でいうと ややこしいが

要は そういう人たちが 制作しながらも 生きていける場所づくり・・・

共存共栄できるように、、、ということかな・・・・

要は 自分が そういうところで制作を続けたいからなんだが。。。

純粋に 作品だけで食べている人は 少ないだろうし、、

先生をしたり 就職したり アルバイトしたり   何らかの収入手段が無ければ

出来ないし 男性なら 家族も持てないだろうし、、

私は 主人に食べさせて貰って 子育てしながら かろうじて 作品を作ってこれたが

都内から狭山に引っ越した時は もう続けられないだろうと思って さまざま道具を人にあげたりして処分してきた。

かろうじて 続けてこれたのは 家族や 周りの人や 地域のご縁や さまざまなご縁があったからで

1人では決して出来なかったから、つながりというのは大きい。

だから アートを核とした 縄文村(仮名) とか 縄文ネットワーク(仮名) とか

時々妄想。。。 

妄想していたら 、昨日は 小山学長の コミュニティ デザインの話で 驚いた次第。。。



(因みに  デザイン は  「デ  +  ザイン」  かぁ~~~!!!   ひとりごと・・・・)


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狭山ふるさと会

03-16,2015

狭山ふるさと会のお手伝いをすることになった。


去年の自治会会長さんが中心になって 2015年 今年から 始動~

ただいま準備中~   

私は行けるときだけ参加組、、だが、 農家生まれの 農家育ちには 「ふるさと」 の響きには釣られてしまう・・・

その ホームページを 主人が作成。

地域の 草花や 鳥の写真がとってもいい!!!

ずっと地域の自然を撮り続けてきた方が 提供してくださっている。

貴重な写真ばかり!!!
   ↓

○ [狭山ふるさと会」 の ホームページ   http://www13.plala.or.jp/sayamafurusato/ を開いて
   
         ↓
水野の森の四季をクリック してください
                                    

日頃 目にはしてるが 名前がわからなかった 花や鳥の名前がわかるのは うれしい!!


先日の集まりでのこと 会議が終わって お昼のお蕎麦を食べながら

昔の暮らしの話になった。

こうなると 私の舌は滑らかになって 頭の中は子供時代へタイムスリップしてしまう、、

春になると 田圃は一面のれんげそう畑の薄いピンクで覆われ・・・ 

ビール麦の鮮やかな新芽の初々しい緑があちこちに散らばり・・・ 

菜の花畑の優しい黄色が 絵のように配置されて・・・

里山では広葉樹の葉が芽吹いて 緑色の濃淡と  その中に山桜の薄ピンクがところどころ点在し

山全体が萌えてくる・・・

記憶の中の 田舎の風景は あまりにも 美しいままだ。。。

小川には たくさんの生き物が棲んでいた。

フナ    ドジョウ    ザリガニ    メダカ    ヤツメウナギ    ライギョ     ナマズ    

ミズスマシ   ゲンゴロウ 、、、、


勿論  田圃には  


カエル    タニシ    ヒル


川の中には 花も咲いていた。   

黄色い可愛い花・・・コウホネ・・・・・下野コウホネと言うらしい

              ↓

http://www.fukuichi.org/flowersearch/2011-09-12kohone/index.html


子供のころは  名前など知らなかったが 記憶には しっかりと咲いてる

小川を飛び越えたり  川に沿ってずーーっと歩いたり

何にもなくても 充分だった。

50年以上前の話・・・。


先日  河原へ孫と行った。   

護岸工事された河原で  石を見つけては 拾って川へ投げた。

シラサギが数羽、、

かつて 田圃には たくさんのシラサギが舞い降りていた、、


時が経つほどに  頭の中の田舎の自然が 美しさを増し 生き生きとしてくるような気がする。。。


いつか 版画にしなきゃ・・・・!!!

それに 子供の遊びの数々・・・

かくれんぼ     おままごと      おしくらまんじゅう     ゴムとび     ベーゴマ    

 かるた     ムギワラ編み     竹でっぽう     手づくりぶらんこ   手づくり竹のてつぼう 

 まりつき     陣地取り    おはじき     缶けり  、、、  エトセトラ


これも版画彫らなきゃ、、、

時間あるのかい・・・?       


だって 最近の時間は 短くなっている気がするから  そのうちに、、、な~~~んて言ってられない。

一日24時間の筈が 一体 今は 何時間になっているのやら。。。


何方か 計ってる方がいたら ぜひとも 教えてほしい!!!




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味噌仕込み完了!!!2015年

02-05,2015

今年も  味噌仕込み  完了~~~!!! (先日1月28日に) 

2015年物。



毎年 大豆も 麹も 塩も ミンチも その他 ぜ~~~んぶ 用意してくれて 

地域の公民館も借りてくれて 

何から何まで お世話してくれる ご近所の Nさん のおかげです!!!


Nさんは 前もって 各自に 大豆を 届けてくれます。

それを  前の日に やわらかく煮込んで  地域の公民館の調理場へ持っていきます。


我が家は 大豆  5キロ  出来上がりは 20キロくらいかな・・・

煮ると かなりの量にふくれます。

大きい鍋に 2~3個分


去年までは 車乗ってたから 自分で運んでいたけど 乗らなくなったので 

今年は  大豆も人も Nさんの車に乗せて貰って公民館へ、、、


今までは 人数が多かったので 写真撮る余裕がなかったけれど

今年は 少なめ、、、で  

写真撮る余裕があって ラッキー!! 

でも 思いついたのは 途中から、、





これは 麹と塩を よ~~~~~く 混ぜ合わせたもの。

我が家は 全部 麦麹 で 作ります。

孫が 米アレルギーなもんで 米麹  はなし、、


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柔らかくなった大豆を ミンチにかけて、、

穴から  ニョロニョロ~


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先に 混ぜておいた 麦麹と塩のなかへ  ニョロニョロを入れて 

さらに よーーーーく 混ぜて 捏ねま~~~す。


このとき  大豆を煮た 煮汁 を 少しづつ入れて 程よい柔らかさに 捏ねていきます


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捏ね終わったら  味噌玉 を作りま~す。


空気を抜くようにして  丸いおにぎりに、、、



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この前の工程を 写し忘れてしまいました!!!

ので

いきなり 容器に 入ってます~~~

容器に入れるときは 焼酎で良く殺菌します

空気が入らないように 

味噌玉を バンバン容器に叩きつけるようにして重ねていくんですけど、、、

たまに 的を外れて 容器の外に、、、、、なんてことも、、、、

(飛び散って 悲惨な状況になります・・・・・)


投げ入れが終わったら 表面を 平らに平らにするのですが、

これが 結構  むずかしい・・・・・

最後に その上に 5ミリくらいかな、、、、

塩を重ねて  終了~~~!!


そして カビ防止用に それ用のシートをかぶせますが 

みんなそれなりに カビが出るそうで 私も そこは 掬って捨てます。

パソコンで検索すると やはり 出るもんらしい、、、

出ても そこを除けば 大丈夫なのが 味噌ですね。

けど 人間国宝の方が漉いた和紙を かぶせると カビが出ないとか・・・・・!!!

因みに Nさんの友人の作る味噌は カビが生えないとか、、、

そういう人もいるらしい、、、


私が 子供のころは 味噌小屋があって いくつも甕が並んでて カビが生えてたなぁ~

それが カビだったって言うのは 大人になってからわかるんだけどね

気にもせず そこは除いて使ってましたね~、、、

良いカビだったんでしょうね~、、、

因みに そのころの 私の好きだったご飯は 汁かけ飯。

ご飯に 味噌汁をかけて  そこへ 干し納豆を 入れて食べるのが お気に入り・・・・!

それに 白菜や 大根の 漬物。

今思えば 年寄り婆ちゃんも  若婆ちゃんも  母も  

よくぞ あんなに 重たい重たい漬物石を持ち上げていたもんだなぁ~~~!!!

私も 力持ちだと思うけれど その私が 今更ながら感心するのですから・・・。

DNAもあるのかな、、、(私 主人より力持ちみたいだし、、、)


ちょっと  脱線してしまいましたが~~~ 




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今年は この容器と もうひとつ 甕に仕込んで 我が家の 一番寒い所へ・・・・


今食べてる味噌は 去年 仕込んだもの、

一年ごとに食べてしまうので 古い味噌が残らなくて、残念、、


正直 買った方が安くつくけど 主人曰く 

「買ったみそは  なかなか 溶けないんだよ~~ 」

主人は 仕事場の冷蔵庫に 家の味噌を 置いといて 

お昼には 熱湯で溶いた味噌にわかめなど入れて 

やはり  家から持参の酵素玄米おにぎりで お昼してるんですが

たまに 味噌を切らして 間に合わせに買ったりすると なかなか 溶けないそうな、、、

というわけで 

また 来年も 味噌の寒仕込みは かかせませんなぁ~~~

孫んちにも 持ってくぞ~


 


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午前中から 仕込みだから  お昼は みんなでいただきました。

これも  Nさんの 手作り昼食が並びます!!! (真中がNさん) 

混ぜご飯  ・  味噌汁  ・  サラダ  ・  白菜煮びたし  などなど

プラス  Sさん手作りの おでん

プラス  家の主人の手作りデザート(キーウィ寒天ゼリー ・ パウンドケーキ2種類) 

などなどで 

おいしい~~たのしい~~お昼タイムとなるのが 毎年のこと。

ありがたや~ありがたや~なのであります。。。





  
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Nさんの 息子さんご夫婦は お子さんたちと いっしょ!!!

良く お手伝いする ○○ちゃんです。

○○君も ちっともぐずらず お母さんの背中でいいね~!!!

ニョロニョロ出てくるのが おもしろいんだろね、、、




(おんぶの感触・・・・・って どんなだったかなぁ・・・・

さぞかし 気持ちよかったんだろなぁ・・・)




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Tさんの ネパール人の 奥様も 初参加!!


味噌玉作り 手伝ってくれました~。

  
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世の中・・・ 騒然としています、、

が、


一方では こうしたおだやかな 日常も 過ぎていきます、、



みんながみんな 騒然の渦・・・に巻き込まれてしまったら、、、?


子供たちは・・・?

地球は・・・?


巻き込まれないように  日常のこと   大事ですもんね、、、


○○ちゃんきょうだい 、、、可愛かったです!!!

子供は ほんと  ですね~~~。

子供の 笑顔  いいですね~~~

もちろん 大人の笑顔も いいですねぇ~~~


孫は 「ありがとう」が言えなくて

ありご」なんですが


ありご ありご  で  ありがとう   ・・・2015味噌仕込み。。。

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妹が逝ったこと

12-27,2014

書きたいのに書けない

何を書きたいのだろう

なんで書けないのだろう


ブログを開くと いきなり 広告が載ってるのが気になって 

記事を書いて 早く広告を消したい・・・

暮れの掃除も 料理も 控えてる・・・

マゴマゴしてたら 2015 になってしまうではないか!



タイムリミットだ    パソコンに向かって見た。



浮かぶのは 妹が亡くなったこと、、、


やはり これを書かずには先に進めないのだろう、、、



妹は 同じ人( 農家の長男さん)と2度結婚し 2度離婚した。

1度目は 幼い男の子を連れて離婚し 東京の我が家の近くへ越してきた。


その離婚の最後の話し合いに行ったのが  私だった。


妹には 婚家先で 叶えて欲しい希望があった。



しかし、    今でこそ普通になったが 

35年も前の時代に 親の口からはとても言えないような  とんでもない希望だったからだろう、、、

当時 パリに留学していた私の元に 妹から手紙が届いた。


「離婚したいのだけれど 誰も味方がいないから 洋子ちゃん帰ってきて味方になって。。。!」



今の私だったら 帰国しない。    断った。



しかし 当時の私は帰国

そして 妹の希望を伝えるべく 話し合いに行った。


( なんと 傲慢だったのだろう・・・)




妹が嫁いだ先は 大きな農家で 旦那様のご両親の上に  

更に おばあちゃんがいて 子供が生まれると 4世代家族になった。



妹の希望は断られ 離婚して 東京の我が家の近くへやって来た。

妹の希望とは 親世代とは 別に暮らしたいというものだった、、、



半年後に私はパリへ戻った。

義母や主人が 何かと妹の面倒を見てくれて 

当時 我が家に居候していた 末っこの妹(Tちゃん)も 一緒に暮らすようになり

アルバイトしながら 子育てしていた妹は いきいきとしていたという。


ところが、 再婚していた筈の 元旦那様と いつの間にか縒りを戻し、再スタートすることになった。


子はかすがい・・・元旦那様は 子供会いたさに 通ってきていたのだ


ささやかな祝いの席では 幼い長男が戻って 皆が安堵していたと思う、、


ところが 数年後 

妹は時々 家出するようになり、主人と私は その都度連絡を貰うと 心当たりを探した

1度目の離婚のときに住んでいたからだろう、、 大概は 我が家からそれほど遠くないところで見つけることが出来た。


そのうち、妹は腕の痛みを訴えるようになった。


苺を栽培していたから その疲れだろうと誰もが思っていた。

近くの病院から始まって遠くの病院まで 連れて行ったが

何所へ行っても治らず 心療内科へ行くように言われた。


腕が痛いのに何故心療内科なのか、、、当時は私も理解出来ずに 妹を乗せて病院を回った、

今なら 心のストレスが身体の痛みになっていたとわかるが、そんな知識すら当時はなかった、


(今なら ネットで すぐ調べられる。)


そうこうしているうちに ある日 妹はパニックになった。



そういうときの人間の力はものすごいものらしい、、

身体の大きい父と弟2人で抑えても抑えきれないくらいだったという。


世間を憚って 東京の精神病院へ入院した。


以来30年の間に 8度の入退院を繰り返し、後半は もう世間を憚ることもなく 田舎の病院のお世話にもなったが、


初めて病院に見舞いに行った時 私のお腹には長女がいた

0歳児の長女と主人と病院へ通い

そのうち  長男も連れて 通った。


衣類やら 食べ物やら 妹のリクエストするものを 持って見舞いに行くのが常だったが

チェックが入るから 持っていっても全ては渡せない

田舎から通って来る父母とも よく 病院の待合室で会った

当時は 治るものと誰もが思っていたから 悲壮感はなかった。


ところが

最初の退院の時、妹は自分の子供の待つ家に 帰ることが出来なかった。

普通の病ではないからと 退院したにもかかわらず 婚家先の 敷居を跨ぐことを許されなかったのだ。


妹は実家に戻り  2度目の離婚となった。

一度目は子供と2人だったが   二度目は1人だった 
 

実家は農家で後継ぎの弟が結婚し 子が生まれ 4世代家族で

そこへ 妹が戻ったのだから

それはそれは筆舌に尽くしがたい いろんな トラブルが 山ほど、、、

再発のきっかけは 日常の中に いっぱいあった、、、



時々発病する妹の存在は 誰にとっても言葉では現わせないものだったろうと思う、

 
8度の入退院の間には 何年も良好の時があり そういう時はよく我が家に泊まったりもしていたから

私は いつか よくなると  当時は無意識にも思っていた。



「レイキ」その他習って 妹にヒーリングしていた時期もあった。 

妹は退院して お店に勤めていた時もあったし

病院の経営するアパートで 彼と暮らしていたこともあって 私は何度も寄っていたし、泊まることもあり、

妹の「書の個展」を企画したこともあった。

それほど 良い時もあった。


小さい時から  書の賞をもらったりしていて 教える資格もあり

生まれて初めての個展で 妹の書は大変好評だったし

そして  売れた。

実際 妹の書は エネルギーに満ちて 感動するものがあるのだ!



その後 2人は別れてしまった、


1人暮らしをするようになった妹と久し振りで会ったときは 既に 兆候があったのかもしれない

強制入院になったという知らせをもらった。


数年後 病院で動けなくなった時は 癌の末期だった。

それが この夏だった。


春に 余命1週間と言われ 後に普通の病院へ転院し

宣告から 7か月 

妹は生きた。



最初の離婚後に  妹と一緒に住んでいた 末っ子の妹(Tちゃん)の献身的な行為で 一時は本当に元気になった。

彼女はあきらめなかったのだ。

彼女には これを飲めば治るかもしれない と思うものがあった、

それは 彼女が 自分の娘の皮膚疾患の為に  ネットで色々調べていた時に出会ったものだった。

Tちゃんは あきる野市から田舎まで1日がかりで病院と自宅を往復し それを 妹に飲ませた。

週に何日も通ったが 好転反応にびっくりした妹が 飲むのを拒否して そのまま帰ったこともあったという

でも彼女はあきらめなかった

その陰には Tちゃんの旦那様( I さん)の 強いバックアップがあった。

彼は 「お金も時間も気にしなくていいから 君の思うようにやってあげればいいよ」 と言ってくれたのだ。

そればかりか 休みのときは 自ら何時間も運転して病院へ通ってくれたり

普通では考えられないお世話をした2人だった。

余命1週間と言われた妹だったが 元気になって退院し

その後は 実家と Tちゃん宅で交互にお世話してもらっていたが

なかなか 安定までは いかなかった。


ある時私が Tちゃん宅を訪ねると 家中 猛烈な臭いだった

だのに 皆 普通に暮らしている。

妹を交えて Tちゃんも Tちゃんの旦那様(Iさん)も 大学生の一人娘も 平気な顔して 会話したり テレビ見たり 食事したり・・・・

そのうち 私も慣れてきたが  狭い トイレ空間に入った時は さすがに 一瞬息を止めた。


Iさんは 山仕事をしている

一度 斜面で仕事中に梯子が倒れて 手を複雑骨折したことがあるくらい危険な仕事だ。

だから  Tちゃんは  朝 旦那様を送り出すときは 

抱きしめて ハグして チューして 手を叩いて 合掌して 「愛してます」と声かけて送り出す。

私なんぞ とてもとても照れくさくて言えない、、、が 

危険な仕事だということを 十分承知しているからだろう

出勤前の大切な儀式だ。


急斜面もあるし  チェンソーも使うし

無事1日の仕事を終えるのに 朝のTちゃんの行為は 絶大な守りではないかと思う。

夫婦の鏡だな と思う。

そんな2人が二人三脚で 妹のおせわをしていた。


一時 元気になった妹は 近くのコンビニへ 日に一度 あるものを目当てに行くのが楽しみになった

一部 かなり急な坂を歩くから リハビリにもなるし

楽しんで通っていたという。

体調悪い時にも行きたがったので そんなときは I さんがお伴して 

時に おんぶして

普通なら往復30分のところ    往復3時間! 

彼は付き合ったという、

少し歩いては休み、、、 お目当てのものをゲットした妹は まるで子供のようだったとか、、


それほど 献身的に 妹を支えたにもかかわらず Tちゃんは 

「私の覚悟が足りなかったから 早く逝ってしまった、、、腹をくくるのが遅かった、、、」 と言って泣いた。


父母を残して逝くのは  早すぎると思うのだろう、、、

親より子が 先に逝くのは 確かに 早い


最期のとき 妹の横に居たのは 母と  妹の一人息子と  母の弟夫婦だった。
 

妹の顔はとってもいい顔をしていた  安らかだった。





告別式で 献杯のあいさつをすることになった私は

言葉に詰まって  出てきた言葉は 「ありがとう」と  「おめでとう」だった。

自分でもびっくりする言葉だった

告別式で言うべき言葉じゃないが 、口をついて でてきてしまった。


「妹の書の個展をした時の案内状は 「空」 という一文字でした。

妹の魂は 空に思いっきり自由に書を描けるようになりました」

と、挨拶してしまった。



亡くなったのが         11/9 日
妹の息子の誕生日が     11/8 日
母の誕生日が          1/19 日
告別式は             11/11 日

因みに 高倉健さんの命日が  11/10 日

忘れない日になった。

見事に 自分で 日にちを選んで 逝ったとしか思えない数字の並びに驚く。

人は 生まれる前に 自分の人生のシナリオを書いて生まれてくるというが

魂は その日を決めて来たのだろうと思う。


20代後半で発病し 以来8度の入退院を繰り返し 

でもその時その時 今から思えば 妹は 精一杯生きてきたと思う。


退院すると 良く我が家に遊びに来て 何日も泊まっては 私の子供たちのお守をしてくれた、

可愛がってくれた、

自分の一人息子を思ったことだろう、


機会があると 良く 学校へ行って 


外から 一人息子の野球チームでの姿を見ていたそうだ



その一人息子さんだが来年はお見合い予定が決まった。


妹が 49日過ぎて旅立つ前に お膳立てしてくれたのだろうか、、、などとふと思う。



お寺さんでの 49日の法要は 先日 日曜日に営んだが

妹の魂が 本当に逝ってしまうのは 法要でお経をあげてもらった時なのか、、、、

それとも 実際に数えて 49日目なのか、、、、

どちらなのだろう・・・???



長々書いてきたけれど とても書ききれない。。。 

まだまだ 書いてないことが いっぱいだ。

悲喜こもごも・・・たとえば  49日法要の後の  Tちゃん夫婦とUFO遭遇の話など、、

書きはじめたら切りがないので省略


で、  長々書いて    私は 何が言いたかったのか・・・



「家族」というそれぞれの舞台で いろんなことが起きて 人は体験してるんだなぁ、、、ということ


全くもって 当り前なんだけど


自分は1人だから家族はいませんって言っても  みんな母親はいて

父、母、本人の最低3人は家族だし 


(今生きてるかどうかに関係なく・・・家族の血が繋がってるかどうかにも関係なく・・・)


何が幸せかって 

家族と 身近な人と 仲良しなのが 幸せ・・・なんじゃないかな、、、


あまりにも当たり前すぎて わざわざ書くようなことじゃないけど

妹は 最後に 実家とTちゃんのところで 家族として暮らして
 

だから 最後の顔はあんなにいい顔だったんだ、、良かったな~って

あらためて 実家とTちゃん家族にはありがとうだなぁ~って


先日訪ねた時も 妹の話になって 

妹はTちゃんに

「私は 他力本願だもん・・・」って言ったんだそうな、、

それを聞いていた  I さんは 本気で怒ったそうな、、


癌がわかってからというもの 彼は妹に

「本気で生きて欲しいと思っているのは Tちゃんだけなんだよ  」  と言っていたし

彼は 妹に 本音で接していた。


ある時 Tちゃんが 

「洋子ちゃん Sちゃん(妹)があの時言ってた 他力本願の意味がわかったよ、、、」と言った。


「逝く日にちは決まっていたかもしれないけれど Sちゃんは 逝く年は決めてなかったと思う、、、

私の 覚悟が 足りなかったから Sちゃんは 早めに逝くことを決めたんだと思う、、、

私の覚悟が出来ていれば もっと生きていたはず、、、、ごめんねってあやまってるんだ、、 」と言って  泣いた。

そして

 「Sちゃん これから 私は いい人になるからね、、って 誓ったんだ   、、、」 と言って泣いた。


妹の死は 家族の夫々に 何かを残して逝った。



「家族」とは 最小単位でありながら

なんと 小さな  

なんと 大きな  

舞台なのだろう・・・!!




無意識にも 二十歳そこそこで 母子像を彫り始めた私、、、

家族という 地球の最小単位(個人の次に)の大切さに

あらためて気づかされます。

私が 家族を、、母子像を、、いつからか 仏様も加わって、、 

彫り続けているのには 意味があるのかなぁ~~と思いつつ

 

自分自身へ

Tちゃん夫婦を見習って 一番身近な人を 大切に!

言うは易く 行うは難し・・・を乗り越えねばね、、、





まったくもって プライベートな記事を こんなことを こんなところに 書いていいものやら・・・どうなのやら・・・?

しかし ここを 通らないと 次へ行けないみたいで・・・

文字に出来ないことも まだ多々あるが 文字にしてみた。




2014  ・・・・  転機なのだろう。


2015   ・・・・再スタート


データを見ると

こんなブログでも読んでくださってる人たちがいるんだなぁ~と思って

あらためて ありがとうございます!!!。

感謝にて。。。 


因みに 妹の 守り本尊は 「大日如来」

なんと!  数か月前から 今 彫っているのが 「大日如来」

                               (120センチ)(四苦八苦している)


そして  たった今!!  これを書いてる最中に  注文をいただいたのが  ナント!  「大日如来」



いったい これは どういうことだろう・・・!!!???



 あぁ~~~~!!!ありがとう~~~!!!



明日が 妹の 数字の上での  49日である。


ありがとう!

そして 

おめでとう!









関連記事

原木購入~~!  &    今頃ですが 7月の 「五明荘個展」記事 

10-12,2014

かなり、間が空いてしまった。

書きたいことは あれやこれやあるのに、気が乗らないまんま  日にちが過ぎてしまった。

     ○孫と遊んだ  川や お祭りや 水族館や アスレチックなど 楽しいこと!!!

     ○末期癌と言われた妹の 世話をしてる家族のこと、、、

     ○亡くなった木彫家(大学同期)から戴いた木や、あれこれ。。。

     ○彫刻仲間の癌のこと、、、

     ○畑の虫さんたちのこと、、、などなど

日々、ドラマと言えばドラマみたいなものだから 数えたら切りが無い。



で、そんな中 クスの原木を購入!



五明荘個展で初めてお会いしたお客さんから 注文を頂いて 


横長の母子像を彫ることになったので それ用の木。



で、いつもながら 

また  湯田さん (ねこの手工房の湯田さんの 過去記事見てね) のお世話になった。

                             ↓

http://kiborikko.blog94.fc2.com/blog-entry-118.html

http://kiborikko.blog94.fc2.com/blog-entry-116.html




「これは いい木だよ」 と言う。

大きい木だ。  2メートル以上。











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大学時代に彫った大木を思い出す。

大学の設備があったからこそ 彫れた大きさだ。

武蔵の音楽大学木彫(仏子の武蔵野音楽大学の「バッハザール」というコンサートホール内にある)



購入した木は より小さいが 私の小さな仕事場には 入らない!


注文サイズを彫るために 2メートル以上で 40センチ角 の木が欲しいと言ったら これだった。


これでも、白太や余分なところを除いて製材したら その位にはなってしまうだろう。



製材すれば かろうじて 狭い我が仕事場にも入るかもしれないが 身動きがとれない。


で、 またまた 荒彫りは 湯田さんにお願いして 「ねこの手工房」の軒下で彫らせて貰うことに。。。!!! 


今彫ってる 「如来さま」を含めて 抱えている注文が いくつかあるから 取り掛かるのは まだまだ先だが、、、、。


雰囲気は以下のような感じ(板に描いたラフデッサン)。



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私の彫り方は 木と相談しながら、  途中 形を見ながら、 流動的(いい加減?)で 

最後は いつも 「こんなん出ました~~~!!」 


自分でも 「こんなん 出たか~~~!!!」 となるから、 超困難だけれど、楽しみ。



それに 私は 大きな「木」が好き!


大木があると 嬉しいのだ!


子供のころ 実家に 夏になると 蝉が止まる 大きなケヤキが数本と   


カブトムシや クワガタのいる 太いカシの木があったせいかもしれない、、、



狭い我が家の庭の木も  出来るだけ切りたくないのだが、 

いかんせん 隣地との兼ね合いで 切らざるを得ないのが残念!

この間 剪定したら ごみ袋20個、 薪の束が10個、3日間かかった。


近くの神社の 銀杏のご神木も 今年の春ころは 丸坊主になっていたが


先日 久しぶりに参拝したら 見事に 復活!!!





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境内のあちこちに 数枚ある立て札も 新しくなっていた。
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大きな木は いい!!!


購入した木は  あれでも  枝の部分だという!!!


ならば 元の幹の太さは   「どんだけ~~~!!!」(古いかな・・・笑)




7月の「五明荘個展」のお陰さまで 頂いた注文だが


まだ、その時の 記事を アップしてなかったので  以下に。。。



古民家だから 太い梁や 柱の中での展示、


彫刻と 版画を合わせて 150点くらい・・・


こんなに 数多く展示したのは 初めてだった。




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このガラスは 昔のガラス だから 少し ゆらゆら~ 
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黒光りした 板戸・・・
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庭の緑が うれしい

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鴨居に掛けられた横長の書は 「伊藤博文の書」とのこと。

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竹林、、、いいですね~~~
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高校時代の恩師 「神山奉子先生」の本  (いつも 表紙の版画を彫らせて貰っています)

   ○「金銀甘茶」  &  ○「国蝶の生れ立つ樹」







友人の こーちゃんは ブロンズの母子像を 撮影中!!!

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個展期間中 一泊したペンション 「魔法の笛」
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音楽家のオーナーが 土日だけ あけているという!!! 

先まで埋まってて 予約困難!!!

料理は その音楽家さんと奥様が作っていて とても美味しい!




個展の案内状を 早速 こうして額に飾ってくれて その早技に びっくり!!!


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期間中は コンサートもありました

立川叔男氏の「古楽器演奏」



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この方のお家に「母子かんのん」が嫁いで(・・・?)行きました。

たまたま 近くの妹さんの所に来ていて 五明荘に見に来てくださったという、、、

ほか 版画のご縁もいただきました。


いろいろなご縁にて

見に来てくださった皆さん

 本当にありがとうございます。感謝にて。


今度の個展は

来年 2015年の春と秋の予定です。

  ○春   国立市の画廊「荘」にて 

  ○秋   栃木県 益子町「ワグナーナンドール・アートギャラリー」にて


間には グループ展があります。

  地元狭山市での    ○「狭山市美術家協会展」

  大学OBさん達との   ○「ほとけの造形展」  &  「祈りの造形展」


今 ちょうど 狭山市駅前の市民ホールで 「狭山市美術家協会展」 開催中ですが 私は今回不参加。

で、地域自治会の「文化祭」に参加、、、


それに まもなく  神田の「文房堂ギャラリー」にて 「祈りの造形展」始まります。

          (10月27日~11月1日まで)



いろいろ ありますです!!!



そんなこんなで ここのところ

孫と遊べてない  遊びたいナ~~~!!!





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畑を始めました!

08-27,2014

前回の記事以来 大分経ってしまったけれど

その間に 色んな事があります!

○妹の発病

○畑を始めたこと

○木彫家(同級生)の死

○孫の落下事件

○息子の帰国と結婚

ざっと 書いてもこれだけ!

2か月足らずの間に  次から次から まるで 1年分以上の出来事が起きたよう、、、!


そんな中  畑へ出られることは 気分がいい!

少し前までは 雨不足だったから 朝一番に 畑へ水を運んだ。

頂いた「モロヘイヤ」の苗を植えて 「大きくなってくださいなぁ~~~」「大きくなって、、、~~~」と繰り返しながら

じょうろで水をあげて、

数日後 孫んちから帰ってラジオ体操行くと 

「モロヘイヤ 早く摘まないと 花が咲いて終わっちゃうよ~~~」  Wさんが言う。



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(モロヘイヤ・・・何度か摘んで 茹でて刻んで まさに「緑の納豆」です!! )







実は このWさんから 畑を引き継いだ!


「70歳になって 50坪はしんどいから 畑半分やらない・・・?」

喜んで20坪引き継いだ!

作物も一緒に!!!




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(おかげさまで この収穫! ナス 甘トウガラシ ミニトマト ゴーヤ・・・はWさんから 畑ごと引き継いだ 恵み!!!)




下の写真で ちょぼちょぼ 芽が生えてるのは ニンジン!

なかなか雨が降らなかった時期に蒔いたから これまた朝夕水を運んで、幸いに 発芽した!


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本当は ちょぼちょぼ見える周りの草も 一緒に育ってくれて構わないのだが、、、

周りの畑の人たちの迷惑になるし 

種が飛ぶと 道隔てた隣の農家さんが除草剤をかける・・・・と言うので

時々 草むしりするが 追いつかない!



自然農法からすると

たぶん  今のこの畑にとって 良かれと思って生えてくれてる 草たちなんだろうと思うのだが、、、



スベリヒユの小さな黄色い花が可愛い!!

他の薄紫の花も、、 何という名か、、


向こうに見えるは 秋ナス、、、


ラジオ体操のお仲間さんから 苗をいただいて植えたから どれも 元気に育ってる、


「茄子の花って 色がいいし かわいい!」と 友人が言っていた、



Wさんから引き継いだ中に メロン もある!



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黄色くなってきたから そろそろ摘まないと 誰かさんに 先を越されそうだ、、、


前回収穫したものには 穴が空いていた、、、


たぶん 鳥さんかな、、、?




下の写真は 我が家のまん前の畑で 以前紹介した 三井さんがやっていたところだが

今は Sさんが引き継いで かなり広いところを一人でやっている。

今年は スイカを 買っては 何度か スイカ大好き孫の所に運んだ。

スイカ以外の作物は 無人販売で 1袋すべて100円だが スイカは 市価の半分から3分の1、、、

ご近所の人たちが 予約して 早朝から買いに来ていたくらい人気だった!

暑い時のスイカは 本当に美味しくて 我が家でも  毎日のように 楽しみに食べていた。


今は 蕎麦が大分育ってきて、



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まもなく 花が咲いて 一面 真っ白になります!

光ってるテープは 鳥よけ、、、

蕎麦の実大好きな雀さんたちがやってくるそうです、、、



それにしても Sさん


ミニ耕運機や 電動草刈り機を使っているとはいえ
 
この広い畑を お勤めしながら 早朝と 休みにやっているとか!

また 来年も スイカ よろしくです!!! 



あっ、、、それから、、、

○注文仕事キャンセル事件もありました。。。

ここ2か月くらいの間なのに ほんとに 色んな事があるものです、、、

時間って 規則正しく時を刻んでいると思いきや、、、

早くなったり、、遅くなったり、、

案外 流動的だったりするのかもしれない、、、などと思いつつ。。。





関連記事

長野県茅野市 「五明荘」にて 彫刻 & 木版画個展の お知らせ

06-18,2014





宇賀地洋子 彫刻・版画 個展

会期   7月1日~10日

場所    「五明荘」 長野県茅野市



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茅葺き古民家の「五明荘」・・・

私の実家は 藁ぶき屋根の農家だったから 懐かしい~~

今はもう  私が高校生の頃に建て替えられて 瓦屋根になってしまったが

春には藁屋根から草が伸びて花が咲いていた

冬にはつららが下がった

土間の向こうには馬小屋があって 馬を見ながら眠りについた

土間から上がった板の間で

家族そろって 「箱膳」の前で正座して、ご飯を食べていた。

年寄りばあちゃん・爺ちゃん・婆ちゃん・父・母・父のきょうだい数人・幼かった私・妹・・・

大家族だった 




これが当時のわら屋根の家
        

          ↓







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秋に お米を収穫して 庭に天日干し

雨が降り出すと大変だった

家で留守番の 年寄り こどもが このお米を干した筵(むしろ)を二つに畳んで 重ねて 雨除けをかけた

私が力持ちで彫刻をやっていられるのは こうして 重いものを運んでいたからだろうと思う

年寄り婆ちゃんは 子供みたいにちっちゃな人だったが 力持ちだった

その手は 大きくて骨ばっていた

似てきたと思う

 

当時は鶏は放し飼いで お米をついばんだりするから 追い払ったり

犬の白も繋がれてはいなかったが 悪さはしなかった


馬小屋はほんとは西側にあったが 東側に彫ってしまったが

土間を挟んで座敷があって えんがわでは 年寄りがご近所さんと お茶したり

お茶うけは 漬物とか 梅干しの白砂糖がけ、、、

プラスチック製品はまだあまり見られず

ごみ や 不用品は いずれ「土」に還るものばかりだった

鍋・釜・食器などは かまど や 風呂 の「灰」 をたわしにつけてこすれば きれいになったし

冷蔵庫がなくても 別段 困ってはいなかった気がする

幼いころの記憶だから あやふやなところもあると思うが

総じて エコな暮らしだったと思うのだ


こんな話をすると 大概 「あんた 何時代の人・・・?」

と言われてしまうが  昭和30年代の田舎の話・・・です




手前の大きな 樫(カシ)の木には 夏になると カブトムシやクワガタが

裏庭のケヤキには アブラゼミ や ミンミンゼミ  や  カナカナ や  ツクツクホウシ や 、、、

家の周りの垣根には 秋近くなると 赤とんぼがいっぱい止まっていたから

簡単に素手で捕まえられた

人差し指をトンボの前でぐるぐる回すと 目を回してしまうのか、、ひょいとつかまえられた

 
最後には バーーーっと放すと飛んで行った






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ほんとはもっと赤とんぼの色が鮮やか・・・












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この案内状には 5日の日だけ 不在と書きましたが 
変更になって 幸い 会場に居られることになりました!!!
結局 会期中 在廊しています。




◎ 6日 は 午後2時から  古楽器のコンサート あります!

  演奏者   立川 叔男 氏

  (リュートギター  ・  ハーディガーディ  ほか)



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                         ↑ここ







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案内状の表の写真・・・↑



孫(男子)が生まれてすぐに 絵本の定期購読を申し込んだが


ところが まごのお気に入りは 電車・・・

ちっともじっとしてないから 絵本どころじゃない!

寝るときだけ 絵本を持って二階に上がるが それも 電車の本・・・

添い寝して ちょっとだけ ページをめくる



至福の時~~~~~



いつか こうして物語も、、、読んでみたいなぁ~~~~~


婆の勝手な勝手な勝手な夢~~~~・・・


実は婆は ラジオで 朗読を聴くのが 大好きなんです!




















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ミニ慈母観音様  と 日本ガーベラ 

06-14,2014


また、大分間が空いてしまった。。。

1か月書かないと広告が載ってしまうから  その前に更新しようと思いつつも、、前回の記事からもう1か月以上・・・

!!!

妹の癌告知に始まって 自分の指の怪我 に 孫の骨折に 息子のベトナム出張と帰国と再出張・・・、、

その間に 巣鴨のとげぬき地蔵さんでのグループ展 「ほとけの造形展」があったのだが

そのお知らせもしないうちに終わってしまったし、、、

その前の郷里での個展記事アップもまだ終わってない!!!



妹の癌を知らされたのは 「ほとけの造形展」の前だった、

それが済んだら会いに行こうと思っていたが

実家のお嫁さんから電話!

「個展の後では間に合わないかもしれないから お姉さん 来た方が・・・・」

搬入翌日病院へ、、

寝姿に声も出なくて 足を擦り始めたら 目をさました

「来たの?」   「うん、」

もう一人の 末の妹が来るまで擦っていた

「あらっ! Sちゃん 今日は元気そう、、、! MMS持って来たから 飲んでね! これで 治るんだから!」


末の妹は 癌告知の時も同席していたが MMSで治ると信じて あきる野市から下野市まで何時間もかけて通っている


レベル5で手術も無理で余命僅かと云われたが おかげで ほんとに 元気になって来ている!


周りでは驚いているが


母は 最初から S子は死なないと言っていた。  


お嫁さんからは ○○式の相談があるので追って電話しますと言われていた私だが    何故か 母と同感だった



そんなこんなや 〆切間近で 内心普通じゃなかったのだろう、、、


搬入を3日後に控えて 珍しく 指を切ってしまった!


左手の薬指、


研いだばっかりの鑿が刺さって 骨で止まった、、、、と思った。


ボタボタ垂れる血を止めるべく とりあえず バンドエイドを何枚も何枚も何枚も巻きつけた


きれいな切り口だし 血が流れて消毒してるだろうと思うから そのまんま塞いだ。

そして 脳内で とにかく 天に向って SOS発信!

「緊急事態発生!!  緊急事態発生!!」

「止血と 痛みが来ないようによろしくです!!」


あとは ズキンズキンという痛みが来ないように 自分でもおまじない・・・

「痛いの痛いの飛んでけ~~~!」

しばし その指を右手で包んで 細胞さんに頼んだ。

「細胞さん 細胞さん 私は忙しいので とにかく よろしく!!!」


で、、1時間後には 彫っていた。


で、 おかげさまで 3日後には展示出来た。


それが 

以下の 自己流 「慈母観音」

13センチの ちっちゃなちっちゃな観音さんです。




 

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搬入当日の朝 仕事場で とりあえず 携帯で写したもの。


ちゃんと 撮りたいが 今 この自己流慈母観音


ある舞台で小道具(懐中仏)として使われているので 帰ってきてから 主人に写してもらいます。


「懐中仏」・・・・香合仏とも言うそうな、、


「同行二人」・・・  人は一人でいても一人じゃないよ いつも 神さん仏さんと一緒よ~~~

ということで 自分の守り本尊を懐にする、、


懐中仏は もっともっと小さくて 手の中に納まってしまう。


それこそ

この時期にベトナムへ出張の息子に彫ってあげられたら良かったのに、、、


でも  これまた 何故か 「大丈夫だぁ~~~」という気がしてるし、

周りもそう言ってくれてるし、 大丈夫だぁ~~~


そんな のんきなばあちゃんだからか・・・

先日 孫と二人で児童館へ遊びに行って

孫が 右足の親指を骨折してしまった!

プレイルームで 珍しく意気投合(?)した男の子と かけっこ始めたので

婆は 「GO!」と手を叩いて見ていた、、、

何度目かに 急に孫がケンケンしだして、、、

それでも 遊ぼうとするのを止めて帰って来た

翌日 受診したら 骨折とのこと・・・・・・


「普通なら 走ってるの 止めるよね、、、」 とのこと・・・・

後になって  そうか~~~と思った婆でした。



そんな時期に  近所で 発見!!!

「日本ガーベラ」!!!

花の中で 何故か 一番 好きかな・・・


実家の 隠居所の前に毎年咲いてた花で  年寄りばあちゃん(若いばあちゃんより上)が 大事にしていたのだろう。


同じガーベラでも 洋風ガーベラとはまた違う。

 



日本ガーベラ



金網から出て 挨拶してくれてたので 大発見!!!


今の時期 あれこれ いろいろ ありますね!!!

(やっと アップ出来て 良かった!!! 昨夜は 半徹夜でしたが・・・・

婆は 爺に 𠮟られそう~~~)







広告消えて良かった。





そうそう!!!また、

7月1日~10日

長野県の「五明荘」 というところで 個展です。

今度は 終わってしまう前に お知らせしなきゃね~~~・・・・!!!














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続・ギャラリー懐風展その4     &     剣道範士 岩瀬鉾太郎翁像

03-11,2014




ありがとさんだるま(茂)
「ありがとさんだるまシリーズ・そのⅢ」  木彫・檜






このシリーズでは 何個か彫っているが

全く同じものはひとつも無い
 
同じものは 彫れない

基本のかたちは 父ダルマ 母ダルマ

赤ちゃんダルマ と同じだが

出来上がれば 各々違う

これからも どんな だるまさんが 生れるか

楽しみだ 双子ダルマや きょうだいダルマもいいかもしれない





ありがとさんだるま(壮真)
「ありがとさんだるまシリーズ・そのⅡ」   木彫・檜(個人蔵)






孫の 出産祝い に彫った

父だるまも 母だるま も同じような顔だが

微妙に 違う

子育て真っ最中の頃は 考えもしなかったが

よくぞ ここまで

孫を 見せてくれるまで

無事 成長して くれました‼

当たり前が 当たり前じゃなかったと

今更乍らに 気が付いて

ただただ 感謝 ありがとさん‼







かんのん
「かんのん立像」    木彫・桂






小学校の同級生の家には「観音堂」がある

そこに納めるために彫った

代々 守ってきた お堂だそうで

屋根は銅葺き 高床式で気持いい空間だ

同級生いわく

「かんのん様の顔見乍ら昼寝最高だろう・・・」と言う


静かで 穏やかな 平和な波動が

その土地と周りに伝わりますように



(個展中 埼玉県のご近所の明子さんが お嫁さんとお孫さんを連れて 栃木県まで見にきてくれた!!!

孫のまゆちゃん、、、なんだか、、、この観音さま 気に入ってくれたみたい、、、!!!

うれしいな、、、

フェイスブックに載せたら 誰かが 「二人観音」って言ってた!!!

うんうん!!  まゆちゃん ありがとさん)







母子かんのん
「母子かんのん」    木彫・檜







母は子にとって 世界のすべて

見える へその緒は切れても

見えない へその緒がつながっている

小学校入学くらいまでは
 
繋がっていると聞いた

母が安心していれば

子も安心

母の安定は子の栄養

母の笑顔も子の滋養









白かんのん
「白かんのん」(消しゴム)    







「これ 大理石 ?」

「否 消しゴム」です‼

良く「彫刻って硬くて大変でしょう?」と聞かれる 

じゃ 何か硬くないもので彫って見ようと思って

試しに消しゴム・・・・と思いついたのだけれど これが超~~~彫りにくかった

つまり こんにゃくを彫るようなものだったのだ 

彫るというのは ある程度 抵抗がないとダメですね

こんな常識に 今頃気がついてる自分・・‼

今回展示作品の中で一番手間のかかったおチビさんでした








四方拝
「おごさんの四方拝」   木彫・檜






おごさんは駄菓子屋のお婆ちゃん

子供の頃 小使い銭を貰うと小銭を握りしめて

おごさんちへ走った あめ玉にせんべい

ふくれ菓子にチューインガム 夏は かき氷にところ天・・・・・

年老いたおごさんが一人でやっていた

初夏の朝 早い時間だったろうと思う

おごさんが店の前の道で 何度もお辞儀を

し乍ら ぐるっと廻っているのを目撃した

子供心にも その姿に打たれたのだろう

ずっと心の隅に残っていた

それが「四方拝」だとわかったのは

何十年もあとのことだった










のんのしゃ(明子)
「掌仏シリーズ・のんのしゃ(そのⅢ)」   木彫・檜(個人蔵)







仏前でも 神前でも ごく幼い頃は

「のんのさまに 手を合わせて・・・・」

と言われていた気がする
 
幼児には「のんのさま」がちゃんと言えずに

「ののしゃ」になった

合掌の手の向う側は全て のんのさま

合掌した のんのさまの こちら側も

全て のんのさま

あっちも こっちも  のんのさま

合掌 は 「ありがとう」

だから

みんなが みんなに ありがとう








ありがとうございます そのⅡ
「ありがとうございます(そのⅡ)」    木彫・桂







合掌の手も顔も同じひとつの木で彫った

手の位置が高いからだ

その時その時の気持ちで 合掌の手の位置というのは自然と違ってくる 

幼児は大体顔の近くで手を合わせる
 
大人でも その時々の気持ちで

無意識にその位置は上下する
 
合掌には 一般的に「お願いします」と

「ありがとう」の二つがあると思うが
 
もし孫と神社へ行ったら

「のんのさんに ありがとう」を伝えよう








みか
「MIKA」  ブロンズ(これは縁あって イタリアで鋳造出来た3点の内の一つ)







大学時代の親友

女子寮12畳部屋の仲間

初対面の印象が強烈だった

ひときわ輝いていた 

神々しかった

その輝きを少しでも表現したかった、、、

こんな顔の長い人いるの、、、?  と言われるが

実際彼女に会うと納得してくれる

パリ在住の彼女には 滅多に会えないが 

私の内で 彼女はいつも神々しい










じゅんこ像
「ジュンコ像」    ブロンズ(イタリア鋳造)






看護婦さんをしていた ジュンコさんは彫刻を 勉強したくて パリに来た ユニークな人

その時 出会って 以来30年以上

今は 又 看護婦 さんをしている

丸々太った 猫と2人暮らしし乍ら

友人の孫のお守をして その子らに人気者のおばあちゃんだ 

だが「姉ちゃん」と呼ばせている 

心もユニークだが
 
お顔もユニーク魅力的で 作らせてもらった

彼女を知る人は「そっくり~」と言ってくれる

看護師さんは 引く手あまたで

まだまだ 現役ジュンコさんだ








岩瀬鉾太郎剣道藩士翁
「剣道範士岩瀬鉾太郎翁像」  ブロンズ







実家のある村には 剣道道場 「養心館」 がある

近郷近在から多くの剣士が集まって来る道場で

若かりしときの父も 姪もお世話になった

彫像制作に当たり 

晩年の岩瀬翁に直にお会いして 描かせてもらう機会があった

もともと身体の大きな人だったらしいが

当時も どっしりとしていて 「山のような人だ・・・」と思った

注文は たった一枚の しかも斜め横顔の写真を見せられて

このときの姿を作ってくださいとのこと・・・

裏には52歳と書いてあった

悪戦苦闘の末が このブロンズだった








121-2191_IMG.jpg



121-2181_IMG.jpg121-2181_IMG.jpg



このブログを始めるきっかけになった 311 から 今日でもう3年が経ってしまった!!!

311 をきっかけに 我が家はテレビと別れたが 

にもかかわらず

パソコンとラジオで 以前よりずっとずっと情報量が増えた
 
いろいろ思い 原発デモにも参加した

だが いつのまにか 矢印は 外側から 内側に向かっていた

変えられるのは 自分だけ、、、



私の心が平和なら 外も平和になる・・・だろう、、、

私の心に何かが生まれたら 外にも生まれる・・・だろう、、、

だろう、、、ばかりで、しかとはわからないが、

もし 一人ひとりがそう思ったならば・・・

宇宙が波動で 相似形であることを思うと・・・

まんざらではないかもしれないと思うのだ


だから 心の灯は燃やし続けなきゃ・・・!


(あぁ~~~~孫の顔が見たいなぁ~~~!

注文制作に追われて 会ってないなぁ、、、会いたいなぁ~~~)





いつの間にか 気がついたら 注文制作に追われている!!!

以前 個展準備資金が足りなくて 

母に借金したことを思えば 夢のようだ!!!

ありがたい、、、、ありがたいなぁ~~。




( 「すみません!まだ終わらなくて 納期を延ばしてください! すみません」

風邪で寝込んだり だんどりも悪く 何事 のろまな私は 最近 誤ってばかりいる、、

グループ展の出品も ここのところ断ったり、、

主人曰く

「湯田さんを 見習ったほうがいいよ」

湯田さんは 以前 何度かこのブログに登場してもらっている尊敬する彫刻家さん(過去記事見てね)

仕事時間が 見事に決まっていて  でも自然なリズムなのだ

ああでなければ 続かないだろうと思う


一方私は 不規則で 気分次第で その日の体力次第で 徹夜したり 翌日はダメだったり・・・

それを見かねて 主人が言う

「もう 無理は効かない年なんだから 湯田さんを 見習ったら・・・?」


ほんとに 自分でもそう思う、、、のだが、、、なかなか、、、


自分を変えられるのは 自分しかいないしなぁ、、、

まずは 「自分復興」か・・・!)  








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続 ・ ギャラリー懐風展その3   &   恩師の著書 『国蝶の生れ立つ樹』

02-15,2014





恩師が 本を出した

「国蝶の生れ立つ樹」・・・あれたつ樹と読む・・・ 

退職後 森の奥に湧きいずる泉のように書き始めて 4冊目(いずれも自費出版)!!!


その表紙を また 版画で飾らせてもらった







国蝶の生れ立つ樹(帯あり)





この物語が生まれたきっかけを 恩師に聞いた

郷里には 「榎塚(えのきづか)」と言って

大きな 2本の榎の木が聳える 塚がある

かつての「日光街道」の1里塚で 

昔 旅人は 傘のように広がった木陰で さぞかし癒されたことだろう

榎という樹には 国蝶の「オオムラサキ」が卵を産みつける

ある時 ウォーキングの会で そこを訪れた恩師の脳裏には

樹の股に 赤子の眠る籠が浮かんだという・・・捨て子・・・


そこから 物語は展開していく、、、   








国蝶の生れ立つ樹(帯無し)





その恩師が 一番好き~と言ってくれるのが コレ ↓

「母は子を抱きて疾走ス」  の版画!

各人各様で アレが好き、、 コレが好きとか言ってくれる言葉を聞くと

その人の心模様が かい間見えるようで 興味深い

この版画や彫刻の中には ドラマティックな物語の気配があるからだろうか・・・





スキャン0101


スキャン0116











母は子を抱きて疾走ス
「母は子を抱きて疾走ス」   木彫・桂




むかし 夕方 暗くなるまで遊んでいると

「人さらいに連れてかれるぞ~」と おどかされたものだ

だが その人さらいが どんなものなのか

なんの為にさらって どんな姿をしているのか   聞かなかったし 

誰も話してくれなかった

「人さらい」という言葉だけが記憶に残り  彫ってみた

まずは 飛んでること

何故か 怖くないこと   が イメージにあった

かくして 子を失くした 母が

さらって 飛んでく 姿になった







絵本時間
「絵本時間」  木彫・桂



孫が生れて間もなく

毎月絵本を届けてくれるぶっくくらぶに入会した
 
「も~寝よう~」と言うと

孫は絵本を 1冊持って2階へあがる

だが 最後まで 読んで寝たことがない

布団の上で走ったり ゴロゴロしたり

ばあばの 夢見る「絵本時間」には程遠く

ずっと先のようだ そして 

いつの間にか孫より先に寝ている

ばあば であった








子は母の背中で夢を見る
「子は母の背中で夢を見る」   木彫・檜




有る事情で全体傷ついてしまったが彫り直して蘇った

木 というのは 深くて 大きい

ちょっとやそっと 鑿で彫ったってびくともしない

そのくせ 顔などは ほんの少し彫っただけで

表情が すぐ変わる 繊細でもある

傷ついたまま 暫く寝かせておいたが彫る気になった

孫のおかげだ

ゴロゴロと背中に乗って来たり 膝に乗って来たり ババの魂が喜んだおかげだ

そしてゴロゴロゴロニャンは 

子らが長じて 夢見る時 

糧となるのだろう










授かりし
「授かりし」  木彫・桂




母はよく「授かりもん」と言う

私が生れた頃は まだ祖母もひい祖母も元気で

2人は実の親子 

ひい祖母には健康な男子が生れず
 
祖母が5~6番目にしてやっと生き延びた跡取りだったから 

そりゃ~も~ おんぼひがさで大事に育てられた

生涯我儘で自由で嫁の母を苦しめたが101歳で旅立った
 
その時の祖母の顔には驚いた
 
父いわく「生きてる時はブスだったが死んで美人になった」 

まさに 通夜の席で白布をめくった途端

「わ~~おばあちゃん きれい~」と叫んでしまったほどだった 

全て「授かりもん」

寿命も 生命も 家族もすべて授かりし










母さんが飛ぶかもしれない
「母さんが飛ぶかもしれない」  木彫・桂





子供にとって ある時期 母は世界の全てだ

子供を背中にのっけて「ヒューヒュー」と

飛ぶ真似 すれば

子供は ホントに飛んでるように感じるのかもしれない

「キャッ キャッ」と喜んだり

度が過ぎれば怖がったり
 
母も 大きな子をのっけては飛べないが

小さい子なら飛べそうだ

気持ちは すでに 飛んでいる











ほら つかまえた
「ほら つかまえた」  ブロンズ(木彫 原型)




風呂上がりの子は 裸が大好き

その まんまでいたい

大人だって真夏には しばしば裸でいたい

それなのに追いかけられて 

つかまって・・・

そんな 姿を木で彫った

それを ブロンズに鋳造したものが コレ

無垢なので とっても重い

ペーパーウェイトにも使える

「待て待てと追って喜び きゃら きゃら と追われて 喜び 風も 喜ぶ」









何か聞こえる
「何か聞こえる」  ブロンズ(木彫 原型)





「ほら何か聞こえるね~」 

「何だろうね~」

私の妹が 我が家に 同居していた頃

妹は実によく 子供達を可愛がって遊んでいた

まだ小さな子を 膝にのっけたり抱きしめたり   話しかけたり 

端で見ていた 私は 思わず

「しつこくなるからやめて‼」

と言ってしまったほどだ
 
だが しつこくされたその娘は今
 
いたって さばさばと 自分の子育てをしている

スキンシップして し過ぎる と言う事は

無いのかもしれない







続く、、









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続 ・ ギャラリー懐風展その2 &  愛車との別れ

02-12,2014

今回 初めてのこころみ・・・

彫刻に 短文を添えてみた

読みながら じっくりと 見てくださる方が多かった





前回に続く・・・   

プラス   

愛車との別れ・・・







ハグ そのⅡ

「ハグ シリーズそのⅡ」 木彫・杉




普通  彫刻に 杉の木は使わないが

この「ハグ」の場合は 杉で良かった

初めから意図した訳ではないが

木目が目立って

それが却って 効果的になった気がする

人の年輪と 木の年輪が重なった

最近は 2歳の孫がハグを覚えて

ハグしてくれる

いくつになっても ハグは嬉しい








「あ」

「ひらがなシリーズ・あ」 木彫・檜(個人蔵)






ひらがなシリーズのきっかけは 「あ」

太い筆で描いた「あ」は

おっぱいをあげてるお母さんにみえた

因みに 「お」 はお父さんと子供

だから 「あいうえお」は お父さんも居て

家族が揃った

先日 ラジオで ある外人さんが

「日本は 人を丸くします」 と話していたが

日本語も 人を丸くするだろう











「せ」

ひら「ひらがなシリーズ・せ」 木彫・檜(個人蔵)






お母さんの膝にのって

抱っこしてもらえるのは

いつぐらいまでだろう・・・・

赤ちゃんは おっぱいよりも 下にいて

段々とおっぱいを超えて

お母さんの口元が見えて

眼が見えて 目線を越えたら 

もう 自然と抱っこも減るだろう

「せ」は ちょうど お母さんと

目線が同じ位置

それまでに いっぱい
 
抱っこ貯金だね










「そ」

「ひらがなシリーズ・そ」 木彫・檜(個人蔵)








目の前に お母さんやお父さんの背中があると

子供は 自然とおんぶしたくなるのだろう

背中に乗っておんぶして

ゆっさ ゆっさ ゆっさ ゆっさ

眠くなったのかな・・・・

先日も孫と遊んでいたら

背中に乗ってきた

元気な時は おうまさんで ハイドードー

眠そうな時は そのまんま

ゆっさ ゆっさ

ひらがな「そ」は そんなかたち










かいな

かいな」 木彫・檜(下野市記念品原型)






かいな とは 腕のこと

2歳の孫が 小さな腕をまわして

抱きついて チュッ‼

親をそっくり 真似してる

抱いたつもりが 小さな腕に抱かれて

じじ ばばは 幸せそのもの

大人は いっぱい いっぱい
 
小さき者 を抱いて

いっぱい 真似してもらおう










ただいまお帰り

「ただ今 お帰り」 木彫 桂(個人蔵)









母が 元気に歩けた頃は

見に来てくれるのは勿論のこと

自分の友人  知人に 案内状を出してくれたり

版画も 彫刻も 買ってくれて応援してくれた

この「ただ今お帰り」も 母のところからの借り物

今でも人一倍応援してくれている

感謝してもしきれない

いつだって 創作の原点は 母なるもの・・・・

母なる存在・・・・ふる里・・・・

それは いつだって

「ただ今」「お帰り」と受け入れてくれる存在だ











だっこっこ


「抱っこっこ」  木彫・檜(?)






孫が うまれてからというもの

いっぱい  幸せを貰っている

小さき者  を抱けるということは

何という 幸せだろう 

魂が喜んでいる

だから 誰でも 

知らぬ間に笑顔になる

ただ見てる だけで 笑い顔だ

それは 自然な 笑顔

出来るだけ  長~く 抱っこできるように

ゆっくり  ゆっくり 

大きくなって ほしいものだ










ところで  前回  車が無かったので・・・と書いたのは

去年の暮れ 廃車に。。。。 

長年  お世話になった愛車です

  


IMG_20131211_101502.jpg


いつからか   ちょっと長い時間運転すると

猛烈に眠くなってしまって

途中 仮眠しないと  ダメになって、


夕方娘の家を出て わが家に帰りつくまでに

1度はコンビニで仮眠をする、、、

すると 普通なら2時間のところを 午前様になること しばしば!!!


「運転で緊張してたら 眠くなんかなれないだろう・・・!!」と言われたけれど

運転が大好きなせいか 緊張せずに  むしろ リラックス・・・!!

まるで、応接間の椅子に深く腰掛けたようで

好きな音楽かけて

ハンドル握っていたら

そりゃ~もう~最高~~

だから 緊張とはほど遠い、、、
 
それに おっちょこちょいで 

大きな事故はしなかったけれど 

ちょこちょこと ぶつけたり・・・ こすったり・・・

何かと JAFのお世話にもなったり・・・



ある時は ふと気がつくと 目の前に こちらに向かってくる車がいる!

20メートル先くらいだったろうか、、

一瞬 何故 目の前に車がいるの・・・?と思ったが

とっさにハンドルを切って 自分の車線に戻って 事なきを得た、、、

もし 目覚めるのが 後少し遅かったら・・・・





そんなこんなで  

とうとう 

「大きな事故(人身事故など)やる前に 車はやめなさい 」  と主人からダメだし。。。

それに 経済的な理由もあるし・・・で

愛車と別れることに・・・

でも 

運転そのものは 大好きだし 高速道路大好きなんですけどね~~~




もともと  隣の市のアトリエに通うのが 主な目的だったから

もう アトリエは借りてないし、 

まだ都内に通勤の主人は ほとんど乗らないし、、、

ところが、

俺は車は嫌い・・・と言いながらも

今回レンタカーで 個展の搬入搬出をしてくれたのは 主人。

搬入準備で徹夜明けの私は 隣で グーグー、、、、

搬出しての帰りも ホッとしてグーグー。。。。





思えば 

淡路島や 東北や 九州まで 旅してくれた愛車でした。。。

お世話になりました。

ありがとう!!!




今は 自転車と 歩きが 増えました。

  
  
  
  








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ギャラリー懐風展(2014.1/11~ 18)

02-10,2014



彫刻主体の 2回目の個展!!!   ( 去年暮れが1回目)


1989年の第1回目の個展から 数えて25年!!!


その間 彫刻は 無かったり 有っても数点・・・の 版画主体の展示だった。



やはり 彫刻は時間がかかるし


彫っても 幸いなことに お嫁入りしてくれて 手元には残らなかったりして


なかなか出来なかったが


やっと 出来て 一区切り・・・


なんだか 


「本番は これからだなぁ・・・やっと スタートに立ったみたいだ・・・」









  
「ギャラリー懐風」は

栃木県真岡市にあって、私の母校(高校)の近く、、鬼怒川寄り。 

天井が高く スペースは普通の画廊の3倍以上はあるだろうか、、










風景1



オーナーは 車いすの渡辺さん。

28歳の時 マラソンの最中に 交通事故に遭い 車椅子に、、、


以来28年が経ったと言っていた

画廊を始めてからは 15年くらいらしい、、

可愛い娘さん(Aさん)が サポートしている。



期間中  お客さんが居ないと Aさんとお喋り、、

とても 気持ちが和む、、






風景2




母校の同級生が搬入搬出の手伝いもしてくれたり

家に泊めてくれたり

本当にありがたい!!!


今回は 車が無かったので 期間中ずっと 2人の同級生の家に世話になった。。。!!!

2人とも料理が上手だから 個展の後は 体重増加!!!

搬入前夜は 徹夜しての 準備だったから

もう 天国気分で すっかり 世話になった!!!


 感謝してもしきれないなぁ・・・






風景3




彫刻 32点

版画54点

合計86点 の展示







彫刻には 今回 初めて 短い文章を 作品の横に 添えてみた



なので、


写真が前回と重複しますが   「星のミュージアム」での写真と違って 


広い空間の下だから 写り方が違って それもまた良し、、、かな、、、








ででんぶん
   「ででんぶん」     木彫・檜



孫の初節句の祝いに彫った

弓は あちらの「じいじ」の手作り

だから こちらの「ばあば」と あちらのじいじの 合作祝い 

集合すると 孫1人に 

あちらと こちらの爺婆4人 

あちらと こちらの叔父 2人 

親が揃って計8人‼ 1対8だ‼

そんなアンバランスにもめげず

アレルギーはあるものの 孫は元気だ

ありがたや‼

健やかに

両足踏ん張って

ででんぶん・・・・と育て‼










「い」
      「ひらがなシリーズ・い」    木彫・檜




昔空き地や田畑には 大きな土管が積んであった

幼児の背丈以上に大きかったから

登ったり

中に入って大声を出してみたり

恰好の遊び場だった

孫は今 どこか すっぽり入れる場所があると

たとえ引き出しだろうと 

入って座ったり
 
いつぞやは 籠の中にお尻がすっぽりはまって 抜けなくなって 

その時の孫の情けなさそうな顔といったらなかった 

もしタイムスリップして

空き地の土管に孫を連れて行ってあげたら どんな顔して喜ぶだろう

「い」はそんな土管の中で遊ぶ2人













「う」
     「ひらがなシリーズ・う」   木彫・檜




太い筆で「う」を書く

ジーと見てると

こんな恰好をした子が

見えてこないだろうか?

「う~っ」と気張って

空を見上げて 息吐いて

次は何して遊ぼっかな~

小さき者のしぐさは 

いちいち可愛い

そして自然だ














大好きです
     「大好きです」     木彫・桂(個人蔵)




  
昔 土手や川辺リも 子らの遊び場

水が きれいだったから

メダカ ゲンゴロウ フナ ドジョウ

ナマズ ザリガニ シジミ 水すまし

時々 父がとってきた 不気味な雷魚 などなど

素手で取ったり 釣ったり

ただ 眺めていたり

仲良し 小良し の世界












「こ」
   「ひらがなシリーズ・こ」   木彫・檜





昔 農家の庭先では

むしろを敷いて 子供らが

よく ままごと遊びをしたものだ

一枚のむしろが 青天井のおうち

ここは玄関で

ここはお客様が座るところで

「こんにちは」 「はいお茶どうぞ」

お茶うけだって

春は たんぽぽ 夏 朝顔

秋は 菊で 冬 椿

精一杯の おもてなし














風の子雲の子
   「風の子 雲の子」     木彫レリーフ・桂






風の子 吹けども 雲の子 へっちゃら

大丈夫だぁ~ぃ

吹かれ  流され

何処へなりと 自由飛行

しなやかに  のびやかに

その雲の子さん 風の子いなけりゃ

吹かれまい  流れまい

悠々飛行も 叶うまい

風の子だって  雲の子いなけりゃ

相手もなくて  つまらない















「し」
      「ひらがなシリーズ・し」   木彫・檜




体操の けんすい みたいに

座って両足を上げるポーズが浮かんだが

こんな形に辿りついた

(少々 「し」とは無理があるかな?)

子供って 足の先や 手の先が

しゃべっている

言葉が通じない分

手足がもの言うのだろう

じじ ばば は 大いに孫と遊んで

学ぶべし・・・かな・・・





まずは 以上 7点・・・続く



















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宇賀地洋子個展・星のミュージアムにて

12-31,2013

星のミュージアムでの個展が終わったのもつかの間


年明け早々1月の 郷里での個展準備に追われ、、、


暮れの掃除や 家事をしている主人を横目に・・・・



今年最後のブログアップ!!!




不定期でしかもポツリポツリの記事をよんでくださった皆様


ありがとうございます。







星のミュージアム・斜めから
フィオーレの森「星のミュージアム」





とってもかわいらしいミュージアム!






星のミュージアム・正面
ミュージアム 正面






1正面
正面から







2左側
左側展示風景










4左斜め
右側展示風景







5左ガラスケース
左ガラスケースと壁面








木彫・かいな
木彫 「かいな」







木彫・う
木彫 「ひらがなシリーズ・「う」」



ひらがなシリーズは 1989年の 第1回目個展の時から始めた。


筆で  ひらがなの「あ」を描いて 


お母さんが赤ちゃんにおっぱいをあげてる姿に見えたのが始まり・・・


筆で描いたから そう見えたのだろう、、、




以来 ひらがな文字を 一つづつ 木版画と 木彫にしているが


ゴールは まだまだ先だ、、、


  


木彫・こ
木彫 「ひらがなシリーズ・「こ」」








木彫・だっこっこ
木彫 「抱っこっこ」 2013  

新作


孫が生まれてからというもの  幸せを いっぱい 貰っている


赤ちゃんを 抱っこ出来るって 嬉しいね~~~!!!






木彫・し
木彫 「ひらがなシリーズ・「し」」





じじばば は 大いに 孫と遊ぶべし~~~!!!


遊ぶと 元気に!




木・子は母の背中で夢を見る
木彫 「子は母の背中で夢を見る」



新作(彫り直し)





木・大好きです
木彫 「大好きです」(個人蔵)





彫刻を中心にした個展は 24年目にして 今回が初めて!!!


でも   新作だけでは 足りなくて 既にお嫁入りした彫刻も何点か 借りてきた!


(個人蔵) がそれ。




1989年の1回目の個展は ひょんなことから 木版画展で始まり


以来24年間  彫刻はというと  版画の中に 数点・・・



こんなに 彫刻を展示できたのは 今回が 初めて也!!!







木・ありがとさんだるま・岩井家
木彫 「ありがとさんだるま そのⅡ」(個人蔵)






孫の 出産のお祝いに 「健やかなれ~!!!」







6左ガラスケース斜め
左側展示風景







版画・昼寝
木版画 「まどろみ」 2013


新作






版画・おっぱい
木版画 「おっぱい」 2013


新作



孫が 2歳になってまもなく  娘から電話で 突然母乳を飲まなくなったという、、、

風邪で口内炎(?)ができたらしい




「あら、、、寂しいわね、、、」


「うん、、、」




私の断乳の時は

乳首にからしを塗ったりこそしなかったが おっぱいに顔を描いたりして 止めさせるのに苦労した

だから 寂しいどころじゃなかったが


婆は 娘が孫におっぱいをあげてる 姿を 横で見ながら

にやにやと嬉しかったから

思わず 寂しいと言ってしまった。。。


娘も同じだった。。。



婆は 3歳までは おっぱい飲んでても いいと思っていたのだが、、、残念、、、








版画・うたたね
木版画 「うたた寝」 2013


新作


夏の暑い日  近くの公園で遊んできた 婆と孫は いつのまにか うとうと・・・・・


そこへ帰ってきた娘が 発見したのは こんな恰好の 2人、、、(寝てたのは婆だけど  版画は娘風に・・・!!!)


写真を撮っておいて 見せてくれた。




あらぁ~~~  器用に寝てるわね~~~





7正面・近
正面ガラスケースと壁面







木・母子かんのん
木彫  「母子かんのん」







木・ハグその2
木彫  「ハグ そのⅡ」




普通 彫刻に スギの木は使わないが  この「ハグ」の場合は これで良かったと思っている。



木目がうるさいが  意外に 効果的。






消しゴム・白かんのん
「白かんのん」 2013


新作


実は これ  消しゴム



巨大な消しゴムの塊を購入して彫ってみた。



皆さん 「彫刻って 固いでしょう、、、、?!」って言うから


じゃぁ  何か 固くない 彫りやすいもので彫ってみようと思ったのだが、、、



ところが、、、


超~~~~~~彫りにくかった!!!




つまり、極端なことを言えば こんにゃくを彫るようなものだったのだ・・・



彫る・・・ということは ある程度 抵抗がないと成り立たないんですね~~~


今頃 気付いてる アホチャンでした~~~



今回展示の中で 一番 チビが 一番 手間がかかって、 


やっぱり 赤ちゃんは 手間がかかるもんだと あらためて思った次第也。。。




 


木・授かりし
木彫 「授かりし」 2013


新作


年寄りは よく 「授かりもん」 と言っていた気がする


私が生まれた頃は  祖母も ひい祖母も元気で 2人は 実の親子だった。


男の子が生まれはしたが、 障害があり、  


しかも祖母は5~6番目に やっと生きて育った女の子だったから


そりゃぁ~~も~~~ おんぼひがさ で 大事大事に育てられたせいか 


生涯わがままで 自由な人で 母を超難儀させたが 101歳で旅立った。



その時の祖母の顔には とっても驚いた!!


父いわく


「生きてる時は ブスだったが 死んで美人になった・・・」


大袈裟じゃなく そうだったから 


白い布をめくったとたんに 


「わぁ~~~~おばあちゃん きれい~~~!!!」と、



通夜の席で 思わず声に出して言ってしまったほどだった。



「授かりもん」・・・・・・寿命も 生命もそうなのだろう・・・・








木・のんのしゃ・中西家
木彫「のんのしゃ」 (個人蔵)







木・ありがとうございますーⅡ
木彫  「ありがとうございますーそのⅡ」



手と顔は同じ一つの木






木・おばあちゃんの四方拝
木彫 「おばあちゃんの四方拝」




子供のころ  小銭を握りしめて 駄菓子屋さんへ走った



夏は かき氷に ところてん、、、


おごさん・・・という年をとったお婆ちゃんが一人で お店をやっていた



朝早い時だったのだろうと思う



おごさんは 店の前の道で 何度もお辞儀をしながら ぐるっと まわっていた



それが 「四方拝」 だとわかったのは 何十年も後のことだった。






掛け軸・ん
木版画 「ひらがなシリーズ「ん」」



最初のひらがなシリーズは


一文字づつ じゃなくて  


あ行の「あ・い・う・え・お」で一枚   か行の「か・き・く・け・こ」で一枚   さ行・た行・・・・と彫って


最後の「ん」だけは 、、、、一文字で彫ったから、


「ん」が 最初の一文字ひらがなになった。





掛け軸・母子天遊
木版画 「母子天遊」








掛け軸・う
木版画 「ひらがなシリーズ「う」」







木彫の「う」と対になっている





8右ガラスケース
右側ガラスケース







木・ありがとさんだるま
木彫 「ありがとさんだるまーそのⅢ」









木・ででんぶん
木彫 「ででんぶん」(個人蔵)




孫の 初節句 のお祝いに 彫ったもの


弓は あちらの おじいちゃんの竹製手作り!!!


だから こっちのばあばと あっちのじいじの 合作祝い。






木・絵本時間
木彫 「絵本時間」  2013




新作




生まれて間もなく

毎月絵本を届けてくれるという会の手続きをした


「も~~寝よう」と言うと


絵本を持ってニ階にあがる、、、、のだが、、、



おとなしく 本を読んで 寝たことがない・・・・


先に 寝るのは いつも ばあば。。。








木・い
木彫 「ひらがなシリーズ「い」」




昔 空き地や 田んぼや 畑には 大きな大きな 土管があって


登ったり その中に入って遊んだり、、、









木・あ
木彫 「ひらがなシリーズ「あ」」(個人蔵)



ボールペンや 鉛筆では わからないが


墨の濃淡のある太い筆で描くと  立体的な姿が見えてくる



「あ」は お母さんと赤ちゃんで


「お」は 不思議にも お父さんと子供だった


 



木・せ
木彫 「ひらがなシリーズ「せ」」









木彫・そ
木彫 「ひらがなシリーズ「そ」」










版画・絵本時間
木版画 「絵本時間」 2013


新作




孫は やんちゃな 男の子・・・



こんな風に 絵本を読めるのは まだまだ先のようだ、、、






木・母は子を抱きて疾走ス
木彫 「母は子を抱きて疾走ス」








版画・おんぶっこ
木版画 「おんぶっこ」2013



新作


今は ほとんど 前におんぶするようになってしまったが


昔は おぶいひも 一本で 背中におんぶしたものだった



義母は そのおぶいひもで 息子を 良くおんぶしてくれた


当時 義母は 70歳くらい、、、


あらためて スゴイ義母だったと思う。。。





あの 綿の入った 幅広の おぶいひもは もう 売られてないのだろうか、、、






9右壁
入ってすぐ右側の壁面






木・かんのん立像・お堂
木彫 「かんのん立像」 2013


新作


巣鴨のとげぬき地蔵さんでの グループ展にも 出させてもらった





掛け軸・光の中へ
木版画 「光の中へ」




これは 3枚の版画を 貼り合わせたもの、


この3枚の版画を 額に入れて 縦に つないで並べたものが


婿さんの美容室に 懸けてあるが


掛け軸でなくとも 大丈夫で  



意外にお洒落である





掛け軸・母子曼荼羅ーⅠ
木版画 「母子曼荼羅そのⅠ」



母が言った。


「これはあなたの 原点だから 何処で個展しようと これだけはいつも飾りなさい」







10右斜めから・近
中央の台








11左斜めから











木・母さんが飛ぶかもしれない
木彫 「母さんが飛ぶかもしれない」











ブロンズ・じゅんこ像
ブロンズ 「ジュンコ像」




留学中に作って 3体だけ ブロンズにして持ち帰った。


知人の世話でイタリア鋳造。



貴重な そのうちの一つ。




ジュンコさんとは ボザールで出会った


彼女は日本で看護婦さんをしていたが 彫刻をやりたくてパリに来ていた。



とっても個性的な人。





ブロンズ・ほらつかまえた
ブロンズ 「ほら つかまえた」



風呂上がりの子は 裸が大好き


大人だって 真夏の暑いときは しばし裸でいたいもの、、、、



服を着せるには 追いかけて、、、 つかまえて、、、!





木彫を原型にして 鋳造したもの。日本鋳造。



文鎮の より重いものがあったら 重宝・・・と思って。







何か聞こえる
ブロンズ 「何か聞こえる」




これも木彫原型  日本鋳造







木・ただいまお帰り・宇賀地家
木彫 「ただ今 お帰り」(個人蔵)



母が元気に歩けた頃は 見に来てくれるのはもちろんのこと


母の友人知人に 案内状を出してくれたり


売れないと 版画も彫刻も買って応援してくれた。



これも 母のところからの借り物、、、


今でも 気持ちは 人一倍応援してくれている。


感謝してもしきれない、、、









12左壁
入ってすぐの左壁






版画・木・オリジナル額
木版画 「ひらがなシリーズ 「き」」


知人が 


ユニークなオリジナルの額を作る人がいるよ、、、と教えてくれた。


                                                          
版画を預けて 出来上がってきたのは 



天の岩戸、、、、!?






                                                                                                          



掛け軸・風ーⅢ
木版画 「風-Ⅲ」




新宿近くの都内から 狭山に引っ越してきた時 


周りは 一面 茶畑と野菜畑、、、


トウモロコシより背の高い 緑一面の畑が 風に吹かれて


緑の間のあぜ道を通る身体も 風が吹き抜けて


農家育ちのDNAが呼び覚まされたのか、、、


嬉しかった



因みに 花は 子供時代の 蓮華草畑



あの頃は 見渡す限り 蓮華草が続いていた



化学肥料が使われるようになってからというもの


消えてしまった蓮華草、、、









木レリーフ・風の子雲の子
木彫レリーフ 「風の子雲の子」




風の子吹けども 雲の子へっちゃら・・・・


だって 雲の子は 吹かれて 流されて 何処へでも・・・・



どうせ 地球以外には行かないもんね






13三富有紀子さんと




星のミュージアムのオーナーさん


お世話になりました。


ありがとうございました。




そして 


個展を見に来てくださった皆様


気まぐれブログを読んで下さった皆様


ありがとうございます!!!


最近は 孫と遊ぶと、否、孫に遊んでもらうと、、、が正しいかな、、、


身体中の細胞が 幸せ細胞になるような気がします。


気がつくと口角が上がりっぱなしですもんね、、


ダダこねて 床にひっくり返っても そんな孫見て あははは はははは 笑っていられる位、


そんな姿も  面白い!



1月11日から田舎で 個展なのに まだ準備がぁ~~~~~!!


なのに、、


お正月 孫には会いに行くじじばばでした。


幸せ細胞 増えますね!


皆さんありがとう!!!


良いお正月を!!!
















関連記事

個展2年ぶり~~~!  &  「祈りの造形展」

12-04,2013

個展2年ぶり。。。!  

まもなく 神奈川県(12月・64回目) と 

栃木県(1月・65回目)にて開催。





1989年 第1回目の個展以来  24年目にして 初めて  彫刻がメインになる!!!


今までは ひょんな事から始まった 木版画を中心にしたものでしたが、


彫刻だけで 会場を満たすには なかなか間に合わなくて 24年も経ってしまった・・・!







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年末終わって 年明けに また すぐの展示・・・


いつもながら 段取りが悪くて・・・立て続けの開催になってしまった・・・!


慌てても さっさかと彫れるもんじゃないし 


彫れるだけしか 彫れないなぁ・・・・と 諦める


旧作にも 大いに助けてもらうことになる。






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このギャラリーは 母校(高校)への通学路沿いにある。


母校までは 当時 自転車で  往復3時間かかった・・・(後に母の実家に居候したので 往復2時間に短縮)


晴れの日も 雨の日も 風の日も 雪の日も 山を3つ越えて通った。


同級生は 電車やバス通学だったが 


自転車が当たり前過ぎて 何故か乗る気にならなかった自分、、、



今では 山は削られ 道は舗装され 両脇にはお洒落な店がいっぱい、、、



ギャラリーは 木と白壁   


天井の高いスペースと 低いスペースがつながっていて  広い。


気持ちいい 空間である。








以下は 先月の グループ展 「ほとけの造形展」の作品群。。。。。。。。。





計16人の仕事 (写真撮影無許可の人も)。





今回 初めて 参加の 水谷 靖さんは 大学の同級生



先生に師事して 能面 を 彫り始めて 17年とか・・・





この間は 彼に ノミの砥ぎ方をあらためて教わった!








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「 水谷 靖 」






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「中川 公明」








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「 神山 恵光 」







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「 出口 進 」








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「 西山 多寿子 」








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「 小野田 宇花 」



小野田さんは 80過ぎの女性だが 若い時 イタリアで学ばれたそうな、、


かの ファッツィーニ や マリーニ に師事されたとか、、





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「 増田 昌弘 」



漆 の下地に 金で 描いてある、、、




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「 山田 美和 」









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「故 渡辺 恂造作 」



前後した 二枚のガラスに描かれてある、、 とてもお洒落で 可愛い、、





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「 大山 千鶴子 」








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「 小西 淳子 」








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「 本多 玉枝 」



本多さんと 小野田さんは 姉妹、、、!




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「 稲木 伸行 」



絹の布地に 金箔を貼って 描くそうな、、、





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大岡さんは 80歳を超えて尚制作。。。


会期中は 毎日のように 通って来られる。



当時 彫刻科 初の 女子学生だったそうな!!!



体力的に 途中から 以下のような仕事に切り替えて継続している姿には無理がなく感じられて、


心は 未だ 乙女のような方・・・



会員の皆さん   60代 70代 80代 の方々・・・


大いに 刺激的で 嬉しい。。。










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「 大岡 英代 」







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前回の記事にも載せたけれど、、、


会場が広く 天井も高かったので 展示可能だった掛け軸、、






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「 宇賀地 洋子 」








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会期中 最後の日は 古書店街の お祭りでした!!


人 人 人 で 溢れてましたが 4階のギャラリーまで 上がってくる人は稀・・・


でも 2016年まで 予約済みです。


この記事読んで 来年 来てくれる人がいたら 幸いなるかな!!!





















関連記事

恩師「 原 武典 」傘寿記念展 & 「 秋山恭子」 作品

11-05,2013

恩師 原 武典 傘寿記念展  



原先生には  金属彫刻を教わった



その時 私が作ったのは 大きな 蟻 



タイトルは そのものズバリ 「ありんこ」




大きな 蟻・・・と言っても 50センチ位、、、



ホントに そんな 蟻がいたら 怖い筈だが 



ちっとも怖くなかった、、、、(引っ越し前まではあったが、、、その後は、、、?)





溶接は 下手だったし 金属は手強かったのだろう・・・




作ったのは ありんこ だけだったが



先生には ご縁を戴き  先日 電話が鳴った!!!



「おう!  宇賀地か いくつになった?」


「還暦過ぎました!」



「ババアになったなぁ、、、ババアの顔 見せろや!」



「はい! 孫もいますよ」



「おう!  孫もいるんか!!  お前は 幸せもんやなぁ~!」



うんぬん かんぬん、、、




後日 教え子が開いたという「いりや画廊」へ。








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先生の 「水の中の小さな太陽」シリーズ を 初めて見たとき



ある光景が 鮮明に 蘇った



今でこそ 小学校から プールがあるが  私は 高校で初めて プールに入った


もちろん 泳げなかったが  もぐるのは 嫌じゃなかった 



晴れた日の 水中から 見あげた水面は きらきらきらきら きれいだった!



夏休み 美術クラブの教室から見降ろした水面も きらきらきらきら  輝いていた!



それが 鮮明に 蘇ってきた、、、





そんな 話をしたら 



「水の中の太陽」シリーズ   の他に 
「壁の中の太陽シリーズ」  と 
「砂の中の太陽シリーズ」  があるということを 今回 初めて知った





全作品タイトル無しの展示だった






どれが どの シリーズか 想像するのも 面白い








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「壁の中の太陽」シリーズ  と聞いて 思い出した光景があった


農家の庭にある 「蔵」 は 昔のつくりで 真っ白な漆喰の壁、、


晴れた日 そこに映るいろいろな影、、


水面のようにきらきらしないが  影に存在感(?)があった(気がする、、)





「砂の中の太陽シリーズ」  は デッサン



もう 溶接で 火 を扱うのは危険な年になったから



平面で 表現とのこと、、




かなり広く 天井も高い 会場いっぱいに置かれた原ワールド・・・



そこにしばらく身を置くと 浄化されるような気がした



清々しかった、、



それに どことなく  お洒落・・・! 



そして 音楽が・・・!






ちょうど 同じ時期 同級生だった秋山恭子さんの 作品を



 「秩父神社」 へ見に行った



女性8人の 「煌めくアート展」



秩父神社平成殿の2階が ギャラリー









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彼女の抽象彫刻にも 音楽がある・・・!



アルミや 真鍮や 銅の金属で作られてるが 抒情的・・・



そして やはり とっても お洒落、、!



「こういうの 玄関にひとつ 飾りたいわね~~~」と連れと話しているのが聞こえた




ホント!  シンプルな 部屋に 映えるだろう!!







最近 「こういうのを スランプって言うのかなぁ・・・」


と思うくらいに 手が遅くなって ひとつ作品を彫るのに 時間がかかるようになった自分に



上記2人の作品は 涼風だった。



恩師も 秋山さんも 黙黙と それぞれの仕事をしている




素敵だなぁ~~   と思う。






でも 秋山さんいわく



還暦近くなって 金属鋳造はキツイ・・・という。



金属を溶かして 何千度もの熱いものを型に流して 固めて 磨いて  加工して・・・・



重いから 膝や足腰に負担が来て いずれは無理になるから



原先生に 「考えとけよ、、、」と言われたという。



その時はその時で また 新たな展開が待っているのだろう、、!



楽しみだ!!!






そうそう!!!



2人に 共通するものがあるのを 発見した。



「ぶっきらぼう」なところ・・・




作品は 繊細だが・・・

















関連記事

「祈りの造形展」案内 と 「即今天時現前」

10-18,2013

28日から グループ展が 始まります。


去年 初めて参加した「ほとけの造形会」


年2回 神田「文房堂ギャラリー」と 巣鴨のとげぬき地蔵さんのギャラリーにて開催


前回は こんなでした。


   ↓
ほとけの造形展




今回から 名前を変えて 「祈りの造形展」となりました。


(巣鴨の とげぬき地蔵さんでやる時は 「ほとけの造形展」)





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大学OB 50代から  80代 合わせて 17人  


ずっと 長年 やって来られた方達のパワーに刺激されます。





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祈る時って なぜ 両手を あわせるんでしょうね・・・・? (出品予定の木彫)



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「ありがとうございます  その2」  2006




肉厚な ぷくぷくした手の人を掴まえて 見せてもらって


自分の骨ばった ごつごつ手 とは 大違い!







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「光の中へ」 1995




これは 掛け軸。(出品予定の木版画)


2メートルくらいあります


版画を 3枚 つないで 表装してもらいました。



以前パリで個展したとき 


持ち運びに便利なように 掛け軸にしたなかでも 一番長かったもの。








そのとき 版画以外に  一緒に表装したのが 下の書の2枚


もちろん これは 私の作品ではありません。



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「即今天時現前」


なんと読むのでしょう・・・?


「そっこんてんじげんぜん」・・・?





昔昔 「GAP(ジーエーピー)」という 久保田八郎先生会長の UFOの会に入っていたころ


同じく会員だった妹と 後に妹の旦那様になる Iさんと


あるお爺さんの処へ行ったことがありました。



なぜ行ったのか 何処だったのか 名前すら すっかり忘れているけれど


神道系の方だったのでしょう・・(2枚目の書には 「示玄居士」とある)



神棚があって 厳かな雰囲気の部屋で


ナニヤラ 所作をしたり お話を聞いたり、、、





話の内容も 今はすっかり忘れているけれど、


最後に

「どれでもお好きなのをお持ちください」 と言われて 


おみくじみたいに 一本引き抜いて 戴いた。



もう一つの掛け軸は 妹の分だったと思うが、


要らないと言うので   後に それも もらった。




その時は 筒状に丸めてあったから  何が書いてあるのか わからなかったし


後で読んでも 意味は たいしてわからないまんま 月日が過ぎて・・・・


普段は あまり使わない部屋にかけてあるが

先日 ふと 目に止まった


その時

ナニヤラ いっぺんに わかる気がして、、、


あぁ~~~ そういうことだったのか・・・・と腑に落ちたのでした。




言葉で なんと言ったらいいのだろう、、、



敢えて言うなら


『今 目の前に すべてが あるよ!

宇宙があるよ! 

ほら、天は

今 ここに 目の前に!』



宇宙を求めて 遠くへ行かなくても ここに 今 目の前に あるじゃないか・・・!!


って言われてるような気がして、、、、




これも 昔々の話だけれど


「宇宙とは・・・神とは・・・なんぞや・・・・」との問いに


「探して探して追いかけて行ったら あなたの身体の中かもしれませんよ・・・」


と言われて 驚いたことがあったが、



この感覚と似ているかもしれない。






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これは もう 読んで字のごとくなんだろうけれど

「家運 は 七福神が招き寄せる・・・・」でいいのかしら・・・?(・・・・?)


因みに

「七福神」とは(ウィキペディアから)


恵比寿

古くは「大漁追福」の漁業の神である。時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や

農業の神となった。唯一日本由来の神様。



大黒天

インドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神。日本古来の大国主命の習合。大黒柱と現されるように食

物・財福を司る神となった。



毘沙門天

元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神。仏教に取り入れられ日本では毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と呼ばれる。



弁才天 (弁財天)

七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。七福神の一柱としては「弁財

天」と表記されることが多い。



福禄寿

道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。寿老人と同一神ともされる。



寿老人

道教の神で南極星の化身の南極老人。



布袋


唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の僧。





しばらく この掛け軸は かけてなかったけれど


「即今天時現前」に ハッとさせられてからというもの また 懸けてみた。




この「即今天時現前」だが


先ごろ 孫の 赤ちゃんの時の寝顔を思い出しながら彫ってて 感じたことがあった。


たかだか 5センチにも満たないちっちゃな顔が 宇宙大にも感じられたのだ!


彫っても彫っても辿りつかない、、


細かな細かな木屑がいっぱいいっぱい出て、、 


手の中に入ってしまう このちっちゃな顔が 


大袈裟だが  まるで 宇宙大で そこにあるような・・・・











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これは もう 

また 彫られて 変化している、、




「変化せざるものなし」

これも このごろ良く思う



政治  天気   身の回り ・・・・・


すべからく変化して

しかも その速度たるや  昔の比ではない。。。





2歳になった 孫が 初めての 「絵てがみ」を送ってきた!


(子が2歳の時  何していたろう・・・?)              
                 


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もう 昨日で 5枚送ってきたが  


どれも    ぐるぐる  ぐるぐる  ぐるぐる  ぐるぐる   


色んな色の色鉛筆で描いてある




初めは 丸を 円を 無意識に 描くものなのだろうか、、、?




丸、、円、、と言えば・・・・




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一か月ほど 妹の家に 父と母が滞在していたので


先日会いに行って来た。




父が バランスボールを抱えて

しきりに 地球が・・・宇宙が・・・と話していた、、



父 86歳 今は百姓引退して(させられて・・?) ひきこもりらしい、、



その父が 俄かに雄弁になって


宇宙の不思議を話している姿が 嬉しくて 相槌打って聞いていたのだが


はて内容は 何だったか、、よく思い出せない、、


とにかく 地球や宇宙の不思議の話だった、、



便秘のお腹に バランスボールを抱いて 押しつけると


気持ちいいんだそうな、、、




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母は84歳

妹んちにいる間に   妹の家にあった「ルービックキューブ」の一面を


揃えられるようになっていた!!!



妹は 6面をあっという間に揃えてしまうのだが


私は 母と同じく 一面しか出来ない!


「うわぁ~~~お母ちゃん すごい!」


思わず叫んでしまった




 
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これは妹が、、




それと もう一つ


2~3年くらい前から 母の趣味は 「ナンバーズ3」の 数字の研究!


妹が以前からやってて 時々だが 当てるのを聞いて 興味を持ったらしい。


当てたら 我々子らの 家の ローンを払ってあげるのだという。。。!!!



なんと 頼もしい!!!


因みに母が当てたのは 今までに1度かな・・・




  

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物忘れの激しい私こそ!  数字遊びが必要かもしれない・・・!!


妹の研究によれば


過去の当たり数字を研究すると


数字の羅列の中に  そこには リズムがあるそうな・・・



それで 予測するそうな・・・





妹の大学ノートには  細かい数字が びっしり、、並んでいる


数字と にらめっこ・・・


妹いわく  各数字には それぞれの顔があるそうな・・・



・・・・・・・???





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まさしく


「即今天時現前」



私の目の前には  各宇宙が 広がっている~~~と   感じさせられるのでした~~。







追記


今後の個展予定

①  2013年12月18日~24日・・・・・・神奈川県「フィオーレの森」・・・溝の口駅近く


②  2014年1月11日~18日・・・・・・栃木県「ギャラリー懐風」・・・真岡市駅近く


③  2014年7月・・・・・・長野県「五明荘」・・・・・茅野市  





  なんだか  いつの間にか 混んでしまって、、、


     余裕持ちたいなぁ~~~~~。







関連記事

台風で思い出したこと

09-16,2013

雨戸の節穴から


じっと  雨  風  を見つめていた






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2008    「雷さま」






子供のころ  故郷の夏の夕方は 決まって   夕立  が来た



「雷様(らいさま)さまが来るぞ~!」




夕立雲が それこそ もくもくと 地平線から立ち上がり


ゴロゴロ 」 が 俄かに近くなり


「ゴロゴロ ピッシャ~~~~ン 



「アッ  どっかに 落っこった、、」



閃光に照らされて 節穴の向こうが 浮かび上がる



庭一面に 無数の雨筋が生まれ 流れ・・・


さらに無数の半球の泡が 消えては生まれ 生まれては消え・・・



細い無数の川を 流れて行く・・・





隣家の  けやきの大木が 柳のように しなっていた・・・





そのさまを じ~~~~っと 節穴から 見つめる・・・




畏れ   と   好奇心 だったのだろう、、、



(全くの表現不足だから また彫ろう)








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2008    「待って~~~ ついといで」







妹が 心の病で入院  初期のころは



長女を連れ 長男をおんぶして 良く通った



電車 バスを降りても もっと先で  川べりを歩いた



雨の時は こんなだった





今思えば よくついてきてくれた



その長女が もう お母さん・・・    



つい 先日


「おっぱい 飲まなくなった・・・」


とのメール




余りに急なことに びっくり



普通は 断乳となると 母子ともに 苦労するものだが



発熱したあとの  口内炎が 幸い(?)したらしい



何にせよ  2歳になったばかりで


自ら断乳したとは スゴイ





因みに 私の断乳時の苦労話は コレ (過去記事参照)

               ↓


木版画/おっぱい話シリーズ№7~8「私こっちボクこっち」「断乳」・№9「授乳」





しかし  ナニヤラ  寂しい・・・・


婆の気持ちが ナニヤラ  寂しくなった・・・


孫が おっぱい飲んでる姿を 見ているのが 嬉しかったのだと


あらためて 認識する婆、、



娘も 淋しい・・・と言ってきた



忙しいときに おっぱい~~~と寄って来られると 


困った困ったものだったが、、、



余りにあっけない 乳離れに とまどうのは 娘ばかりじゃなかった・・・



で、、、


急に  描いた



(主人が写していた写真をもとに、、クロッキー)


                  ↓

樹里授乳生後まもなく




授乳の娘の傍で じ~~~~っと見ている 自分の顔に気付くと



にやにや~~~~    にこにこ~~~~~~



自分では見えないが きっと 幸せ顔だったんだろうな~~~




どういうわけか


台風の話が  おっぱいの話になってしまった




今 ガラス窓の外の庭木は 風になぶられ  



視界いっぱいに ゴーゴーとしなっている





昔  雨戸の 節穴の 小さな穴から 垣間見ていた風景は



あえて誤解を恐れずに言えば、



ある種 美しく  畏怖を伴う さまだったような気がする・・・




授乳風景も あらためて 見とれる風景だったと



今さら  思う。。。






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今どきの 物々交換

09-10,2013

瓢箪かぼちゃ・・・と言うのだそうです   なんとも 素敵な色合いです(濃い緑のかぼちゃしか知らなかった~~)

  ↓


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前回記事に登場した 前の畑のMさんからの いただきもの!


今年は 5~6種類のかぼちゃを植えたけれど  


収穫出来たのは この瓢箪かぼちゃだけ・・・だそうで(猛暑のせいだったのかしら・・・?)




かぼちゃは ほくほく・・・・!というのがイメージだが


これは 水っぽいので 煮物には適さず(だから 売り物にはしないそうで・・・)



あれこれ 試作した結果


Mさんは かぼちゃスープにしました~と言って  瓶詰めにした瓢箪かぼちゃスープを下さった。



(写真に撮るのも忘れて 飲んでしまったから きれいな色のスープ映像なし・・・)



で、


家の主人は かぼちゃケーキを作る!


          ↓
 


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美味しい~~~!


色も きれいです!







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       ↑
        
こちらは シナモン入り     どちらか言うと こっちが好きかな~~






        


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                      ↑

もうひとつ  これは 裏ごししてない かぼちゃプリン(もどき)



裏ごしは 時間がかかるので 断念したそうな、、、




で、


いつも 早朝から 畑作業のMさんに   


「こんなん出来ました~~~」と、おすそ分け。





すると


しばらくして  Mさん モロヘイヤを摘んできてくださった!



昨日は ネギを沢山 いただいたから 刻んで 冷凍したばかり、、


               


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早速 茹でて ただ 刻んで  「モロヘイヤ納豆~~~!!」


あつあつご飯にかけて食べると 最高です!


Mさんいわく


モロヘイヤは エジプトが原産で クレオパトラも好物だったとか、、、



今年の猛暑を乗り切れたのは  この モロヘイヤ納豆の おかげかな・・・?






               
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              ↑

これは 「ゴーヤの佃煮」


佃煮にすると あの苦いゴーヤも 美味しく食べられる!


やはり あつあつご飯にかけて 


美味い!


このゴーヤは 田舎の母から宅急便!


他に 玉ねぎ  茄子   きゅうり   トマト   ピーマン   などなど、、、




おかげさまで


今年の夏は ほとんど スーパーで 野菜を買わなかった!!!




作った人の顔が見える野菜を いただくことができた!!!



なんと ありがたき しあわせ!!!



Mさんのほかにも 我が家の周りは 小規模菜園で野菜作りの人たちがけっこういて



やはり おすそ分けを いただくから



たまに 主人の ケーキを食べてもらう。



美味しいと言ってもらうと 主人も 張切って作ってくれる。




もしも、、もしもの話だが、、


何か こと が起きても  ここに居たら  飢え死にだけはしないだろうと思える。




ありがたいなぁ~~~~!!!




こういう物々交換の延長に

先日観た映画「美しき緑の星」のような 世界が 創造されてくるといいなぁ~~~




     ↓

LA VELLE BERTE (美しき緑の星)






監督の言葉

世の中の仕組みを根底から問い直すクレイジーな映画を撮ってみたいと思いました。

それで長い時間をかけて考証を行ったのです。

無駄になったシーンやアイデアを書き留めたノートが何冊にもなりました。

次から次へと疑問が生じたのですが、そのすべてに答えが得られたわけではありません。

そうして、風にそよぐ木々に見守られながら、台本の執筆に取りかかったのでした。


完成した台本を見た人たちの反応は実にさまざまでした。

このプロジェクトの資金援助には乗り気でない人たちが何人もいるとプロデューサーのアラン・サルドが言います。

「本当にこの映画を撮るつもりですか?」と彼が言うので、私は熱を込めて「もちろんです」と答えました。

かくして映画は封切られたのですが、完全な失敗でした。

誰も興味を示さなかったのです。

客が入らず、批評家からは酷評されました。

業界にとって、この作品は理解不能のUFOだったのです。

しかし、この映画は死にませんでした。

こうした逆風にもかかわらず「美しき緑の星」は生き残り、生き物のように成長し、人の話題となったの

です。

この映画が必要とされているからでした。

この映画が世の中に発するメッセージのためだったのです。

一緒に映画を見て語り合う「美しき緑の星」クラブのサイトが、いくつもインターネットに見られるようになりました。

私は早すぎたのでしょうか? 

この映画のように価値観を根底から問い直すことで世の中を変えることが必要な、ぎりぎりの瀬戸際まで私たちは

来ているのかもしれません。



コリーヌ・セロー




            



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ラジオ体操 と 畑

08-10,2013

ラジオ体操 を 始めた



いつもの 朝歩きの帰りに


近所のSさんと出会ったら


「これからラジオ体操行くんだけど 行かない・・・?」


歩いた後だったが 



「行ってみようかな・・・」



その足で 参加


以来 2~3か月 になるだろうか、、、





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この準備体操は  「腿上げ」   ただ 腿を上げるだけだが  けっこうキツイ!







地域の 小さなグランド



そのグランドの すぐ隣の家の Mさんが声かけして


もう5~6年になるのだそうな、、




朝 7時半集合



準備体操  、 ラジオ第1 ・ 第2 、  ストレッチ 、  さわやか体操   と続く


計30分くらい だが 


汗だくだ、、





今は 夏休み


出欠カードを持って 子供も数人参加


子供たちには 帰りに Mさんから ご褒美のお菓子がある!







もう 50年以上も昔になるけれど


はがきサイズの「出欠カード」を首からぶら下げて 


ラジオ体操に通った 夏休み、、、




栃木県の片田舎



地域ごとに 小学生が 広い庭のある家に集まって ラジオ体操をしていた、、、



その頃は 数十人の子供たちで にぎやかだった


終わると 列を作り   カードに はんこを押してもらった



そんな思い出が 蘇る。。。





 

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最年長のYさん


写真撮影の時はいなかったので


最年少の U君とパチリ、、、


80うん歳だそうな、、





 




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初めて参加した時


準備体操の 号令の声かけで 一番大きな声だったのが  このYさんだった!!!


「あの人は誰だろう・・・?」




終わると 列になって全員と握手するのだが


その時の手が 一番あったかかったのも Yさんだった!!!




思わず声をかけて 聞いてしまったが



特別なことは 何もしてないという、、




だが ご主人さまと2人



数年前から 畑 をやってるという!!!







と書いても 下の写真のかたが ご主人さまでは ありませ~~~ん!。






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我が家の玄関を出てすぐの 道路を隔てて 北に広がる畑は


去年の始めくらいまで 土がむき出しだった、、


かなりの広さの非耕作地だったから


風が吹くと 土埃が舞い上がり 閉め切った窓からでも


パウダー状の土が入りこむ・・・





そこを耕して 緑に変えてくれたのが


この写真の Mさんはじめ Sさんと  Jさんの3人。



退職後に 始めたらしい。



この夏から 採れた野菜を 安く 売ってくれている





最初は 採れすぎて でも捨てるのもったいないから もらってください・・・



というわけで ありがたく 戴いていたが 



広い畑に 野菜は どんどこ育つ





どうか 売ってください と頼んで 売ってもらうことに。。。



 

写真に写っているのは



普通のスイカ  ・  黒いのは タヒチ というスイカ  ・ ミニトマト  ・  胡瓜  ・  



三尺ささげ  ・  茄子  




ここのところ


毎週日曜日 孫のところへ行く時は   この黒いタヒチと 普通のスイカを お土産にしている



さすがに いかな力自慢の私でも 手では持ち切れないから


朝早く 車に積んで出発する




  




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これは 「モロヘイヤ」


道端に植えてある。



「どうぞ 勝手に摘んで 食べてください」というMさん



「勝手に 摘んでもらえるように 道端に植えましたから 好きに 摘んで食べてください・・・」
とのこと!!!







先日は 摘みたてをさっと湯がき  刻んで 冷やしたうどんにくるんで食べた



この 「モロヘイヤうどん」



これが 美味しいのだ!!!  



この暑さを乗り切るには もってこいのメニューではないだろうか、、







そもそも ラジオ体操に誘ってくれた Sさんも 



我が家の 西に広がる 小区画の畑で 数年前から野菜を作っている



同じくラジオ体操仲間のWさんも作っていて 下の写真はW さんの畑




手前から 青紫蘇  ・  ネギ  ・  モロヘイヤ  ・  オクラ などなど


(オクラ の花は とてもきれいだ)




同じように 10数人が 小区画づつ作っているから


おかげさまで 緑が 広がっている。 









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ときどき 採れすぎたから、、、と お二人から おすそ分けを戴く。



そんなこんなで


ここのところ スーパーで野菜を買ったことがない




お顔の見える人たちが 作っている野菜を戴いている。。。!!!



なんと なんと 幸せな  ありがたいことだろう!!!





ラジオ体操のおかげで 急に 地域の方たちと話す機会が増えた!



嬉しい!!



体操帰りに Mさんところで スイカや 野菜を買って行く人も、、、







常々思っていた希望だったが、



「生産者の顔も 畑も見える 野菜」 を食べられるようになった!!!




以前から 近くの 無人販売を利用したりはしていたが


交流は ほとんど無かったので、




こんなありがたいことはない!!!








都内から ここへ 引っ越してきた時は



「一生に一度の買い物をするのに  他にどこも見ないで 一軒だけ見て 決める人はいないんじゃないの・・・!!!」



と 夫婦そろって 娘に言われたが、、



パウダー状の土には 困ってもいたが、、  



やはり ここで良かった!!!









子や義母がいた時は 使っていた我が家の4台のクーラー、、



夫婦2人になってからは 庭の緑と 風のおかげさまで 眠っていたが、、、





とうとう 今日  その1台にスイッチが入った。。。




だが 仕事場に クーラーはない。。。




畑で 野菜作りのMさんにも クーラーはない。。。





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(***わが家については 後日談もあるので いつか書いてみたいと思う***)



















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水村昭 個展

07-24,2013

水村昭 個展を見てきた


(水村さんは狭山市美術家協会展の会長さんで多分80歳)


秩父方面に向かう  国道299は

緑の山あいの中を  高麗川に沿って うねうねと進む

運転は主人にお任せで、 

眼前いっぱいに広がる緑を ただ楽しむ、、、



会場は「休暇村奥武蔵」の奥・・・


アスファルトの道は途切れて 先は草叢!!


まさか・・・この奥・・・?



そのまさかだった、、、!!!








水村先生らしいなぁ、、、と主人が笑う



子供の時のように 草の道を歩けて 嬉しい、、






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草むらの道を歩いて行くと・・・


白壁の長屋門


この中が 旧吉田邸だった


 



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門をくぐると いきなり 目の前に 作品が、、!!





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なんとなんと    かっぱさんのお出迎え~~~。







以下  彫刻と 油絵が 渾然一体となって



エネルギーがいっぱい、、、!!!












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もっと作品あるのですが ライトが反射して 光ってしまってボツ、、、残念、、、。








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縁側で 見送ってくれた 水村先生  と 奥様。









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帰りには 休暇村「奥武蔵」にて 一休み・・・



周りいっぱいの緑に囲まれながら・・・。。。





 


緑ついでに余談ですが、、、




「雑草も緑のうちです」・・・とばかりに 伸びるにまかせた我が家の庭 


二階の窓からも 緑が見えるように・・・・と、大きくなるにまかせた マキの木と ヒノキの木


その後を追うように モッコク と キンモクセイ 


緑が見えるだけでウレシイから


朝起きると 真っ先に窓を開け  狭い狭い庭の緑を眺めては ニタニタニタ・・・



水村先生んちの庭は 広くて まるで林のようです!!


大木が茂り 駅が近いというのに 周りとは まるで別世界・・・!!!


庭でチェンソーを使っても 大丈夫だそうな、、、、


そうなんです!!!


今でも先生は チェンソーを使って制作50余年!!



興味を持たれた方、、、足を運んでみてください~。



電車ですと 西武秩父線の「西吾野」駅から徒歩20分。



緑を楽しみながら・・・どうぞです。









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「のんのさま」 と 「ありがとう」 と 「遊天使」

06-27,2013

巣鴨「高岩寺」で 先月5月に行われた「ほとけの造形展」

すっかり遅くなってしまったけれど、、、

その時出した作品3点・・・彫刻1点 と 木版画旧作2点




相沢家観音堂1
「のんのさま」   2013   (桂)   高さ約140センチ(台座含む)






手のかたちが「合掌」ならば 「聖観音」と言って 

通常は 額のところに「化仏」があるそうな、、、


ところが 私は


手を合掌の形にはしたいけれど、、、額に「化仏」はつけたくないから

そういう決まり事を 考慮せずに 

勝手気儘に彫っている・・・



だから 「観音様」ならぬ 「のんのさま」








相沢家観音堂2





のんのさまが行きつく先は 

小学校時代の同級生の家の「観音堂」



母屋からは少し離れて 畑敷地にある

四畳半くらいの小さなお堂で

屋根は しっかりと銅葺きのこじんまりしたお堂だ
 

同級生いわく

「夏は 茣蓙敷いて 観音様眺めながら 昼寝がしたいよ~~~!」


とのこと・・・




さぞかし、、、気持ちがいいだろうなぁ~~~~~










相沢家観音堂3





この のんのさまの後ろにある掛け軸には



「石光」 と書いてある。





これを書いた友人(きぬっちと呼んでいた)から 戴いて


もう10数年以上も前に 表装したものだ。



黄変してしまったが、


そこが いい。







相沢家観音堂4










arigatou2.jpg
木版画 「ありがとう (その2)」





いらないところを   削いで削いで削いで、、


単純にした。。。




 




スキャン0037
木版画 「遊天使(その2)」1989





一番下の妹が結婚した時


お祝いの引き出物として彫った「遊天使」



妹夫婦のところに


元気な赤ちゃんが やってきますように~~~


という気持ちをこめて。




妹は 私より8歳下で 義母とともに私たちと一緒に住んでいた


長女が 4歳 長男が2歳くらいになるまで いたろうか、、、


子供たちをとても可愛がってくれた


私が 二人の子供たちを育てながらも 個展が出来たのは


義母がいたり 妹がいたり 


私一人じゃなかったからだ




それに 住んでいた処が 「職人長屋」だったせいもある



当時すでに おんぼろ長屋で 2軒長屋が 4棟建っていて


新宿からそう遠くない方南町にあって


戦後幸運にも焼け残ったそうだ




長屋の真ん中には 井戸があったから


真夏には大きなビニールプールに井戸水を汲んで


近所の子供たちも集まって 水遊び!!!



長屋の中で小さい子がいるのは我が家だけだったが


周りのおじさんおばさんから 苦情を言われたことはない、、、



今にして思えば 


子育てには 理想の環境だったなぁ~~~ 




家族や長屋の人達みんなの 周りのたくさんの人たちの 手や目があった





私が 個展を続けて来られた所以だろう



ただ 「ありがとう」 しかないなぁ・・・























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五つ葉のクローバー

06-20,2013




先日 孫と遊んでいて 

ふと草むらに目をやると

五つ葉のクローバーがあった

(四つ葉じゃなくて・・・)



五葉クローバー





まるで 吸い寄せられるように目がそこへ行って


それは あった。


もっとないかしらん、、、と周りを見たけれど 他にはなかったから


貴重な五つ葉だろう・・・


探していたわけでもないのに目に止まった。。。





そりゃぁ~~もう 孫の後を追いかけるだけでも大変だが


気がつくと ず~~~~~~っと笑顔、、、


陽には焼けるし皺は増えるが  四六時中笑っていられるなんて


普段のじじばば二人暮らしには滅多にないから


さては 笑いが五つ葉を運んできたかな・・・




壮真(袋風船)




最近 毎週日曜日は 孫と外遊び、、


でも アトピーだし 虫に刺されるとすぐ赤く腫れるから


腕には包帯、長ズボン、、、


娘夫婦にとっては 外遊びは ひやひやもんだろう・・・



まっいっか~~~とばかりに外に連れ出し 遊んで帰ってくると~~~~~




昼寝(婆と孫)




遊び疲れて 仲良く昼寝の二人・・・!


娘が帰ってきたら ご覧の通り寝てたので


びっくりして 写したとさ!










 








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渡辺うめ農民人形作家展 

05-23,2013

渡辺うめさん  農民人形作家  106歳


本格的に作り出したのは   75歳からという



農家に生まれた私は 見始めたとたんに うるうる、、、


お母さんも子供も じっちゃんもばっちゃんも生きている!




私が幼かったころは まだ農作業がかろうじて手仕事の時代だったから

着物こそ着てはいなかったが こんな暮らしだった、、、

(いや 年寄りばあちゃんは 暑い夏以外は きちんと着物だったなぁ、、、)

昭和30年代前半くらいまでかな・・・

 


私の彫刻や木版画の原点は ここにあるなぁ・・・




 
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「渡辺うめ人形展」


会期   2013年5月18日~6月9日

      11:00~18:00(月曜日休館)

場所    ギャラリー 去来庵   石野眞菜(うめさんの娘さん)

       日高市高富55-9

       「智光山公園」の道挟んで真向かい 

        ☎ 042-986-0901



         (ギャラリーにも車2台は入りますが 「智光山公園」にも止められます)


  ※ 本来なら 「とげぬき地蔵」さんでの 展示紹介の筈でしたが、、、

     それは 次回に~~~        




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とげぬき地蔵さんの処にて「ほとけの造形展」

05-11,2013

「とげぬき地蔵さん」のある
巣鴨の「高岩寺会館」で  第42回 「ほとけの造形展」 が始まります。


メンバーは芸大OB、、、 皆さん何十年と続けて来られた方々がほとんど、、、

西村公朝先生 (参考・・・『ウィキペディア(Wikipedia)』 で検索) が 

始められた会だそうですが   先生が亡くなられた後も 有志が続けて来られて

私は 去年 初めて参加させてもらったばかり、、、




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会期 : 2013年 5月 12日(日) ~19日(日)

      10:00 ~ 17:00 (初日は14:00から / 最終日は16:00まで )


       初日 15:30よりささやかなオープニングパーティあります




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場所 : 高岩寺会館 (巣鴨とげぬき地蔵尊

     〒170-0002 豊島区巣鴨3-35-2

       03-3917-8221

交通 : JR山手線 「巣鴨」駅から徒歩7分

     地下鉄 都営三田線 「巣鴨」駅A3出口から徒歩5分

問い合わせ : 神山恵光  0439-68-1877



なんとか 会期前にお知らせ出来て幸いです。


前回の「ほとけの造形展」の記事はコチラ → http://kiborikko.blog94.fc2.com/blog-entry-109.html


以上 お知らせまでですが、、、。



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歩いた!チャリティー新緑ウォーク (韮崎ー白州)

04-30,2013

歩いた!


歩けた!



年末に下半身両脚の痛みで 救急車に乗って以来 不安だったが、、

全工程22キロの約半分。

途中参加。






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難病ネットワークの皆さんや

私のような初参加者や  赤ちゃんをおんぶしたお父さんや

家族全員で参加したファミリーや

道々お喋りしながら、

雪をいただく遠くの山々や 里山の新緑を眺めながら、

ひたすら 歩いた






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途中 道半ばの 「武川(むかわ)の町の駅」で 

M君と私は韮崎から歩いて来た人たちと合流した。

M君は 友人Kさんの息子さんで ここまではKさんの車でやってきた。


彼は高校生の時に難病に罹り 脳外科手術の後遺症が残ったという、、

とても優しい青年!   「うさと」の服が 良く似合う!


M君は 

歩きながら 時々 ふわっっと動く!

突然 ふわっと 走る、、

ふわっと 飛ぶ、、

軽々と・・・!


あぁ~~ 楽しんでるんだなぁ~~~!





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木版画  「風ー3」   1999年作                    youko ugachi



    ↑ 
こんな感じで ふわっっと ひょうひょうと 歩いてる!

(この版画は 周り茶畑の狭山の家に引っ越して 農道を風に吹かれて歩いてる時生まれた )






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武川の町の駅の近くに 

神代桜・・・樹齢2000年の桜があるというので

合流前に 見に行った。





周囲は 10メートル以上!

この桜さんは 2000年も生きているんですね~~~・・・・!?!?!






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近くには ケヤキの大木!

私は 大きい木が 大好き!!

悠々と枝葉を広げて 風にそよいでる姿は


ほれぼれする!






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遠くには 甲斐駒ケ岳、、


桜の若葉が すがすがしい~~~、、








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お昼場所の 公園には 水車小屋が・・・!!!


ちゃんと回っています!





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武川米のおにぎりは とびっきり 美味しいとか、、


強風の向かい風のなか 前半 歩いてきた皆さんはおにぎりをほおばって


しばしの休憩、、




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古道は  足裏に優しい、、 

昔人が 行き来した道は 静かだ、、





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白州キャンプ場予定地に到着~~~





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新緑の森の中、


総勢約70人が 徐々に到着


やがて ここは みんなのふるさとになるんですね~

 
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このプロジェクトの 中心的 若い推進者のお2人には、

まもなく 天使がやってくるそうで、

女の子だそうな。


彼女曰く「一姫二太郎」がいいな、、、



今度お会いする時は 3人ですね~~!!





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この若いお2人の おじさんが 「おぐちクリニック」の 小口先生。


先生は 半そで短パンで 折りたたみ自転車に乗り


総勢70人の 長い隊列の前後を行ったり来たり、、


皆さんのお世話に奔走する姿に


感動~~~!!


日頃 クリニックで会う患者さんたちは 


先生に会うだけでも元気になってしまうんじゃないかなぁ、、










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小口先生の講演タイトルは


「生命を救う医療から いのちを育む医療へ」


先生は 数年前の個展に来てくださり 


「母子まんだら」が縁をつないでくれた。





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木版画  「母子まんだら」  1988年作







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このブログを読んで チャリティーウォークに参加されたり


講演を聞いてくださる方がいたら いいなっ!!!


詳しくは 上のチラシを読んでみてくださいねっ。



或いは おぐち子供クリニック のホームページを見てください。
         ↓

   http://oguchi-ped.cside.com/





宇賀地洋子「木彫りギャラリー」

         ↓
http://www16.plala.or.jp/ugati/


















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「ねこの手工房」の湯田良夫さん個展

03-29,2013



「ほとんど案内状も出してないんだよ~~」と言っていた湯田さん!

去年 年末頃の展示、、もう随分経ってしまたのですが~~、



コーヒーの美味しいお店の店内は


とってもシンプル!!  おしゃれ !!


彫刻だけでなく  絵も !!







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「空飛ぶ山女魚」



「天空の城ラピュタ」を思い出す

かつて UFO研究会に入っていた私としては思うのだ、、 

こんなUFOもあるかも・・・






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「賢治1」




湯田さんのアトリエには 等身より大きい 宮沢賢治の木彫がある


写真でよく見る賢治の像は うつむいているが


この木彫は反り返って空を見ている


外套のポケットに お供の猫を連れて、、






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「賢治2」






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「Fire」






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「蝦夷ウサギ」








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「トキ」







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「ハジメ」の肖像








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「郭公」








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「25グラム魚雷」






絵も 彫刻も 彩色が 美しい、、






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「トラフズク」





完成かと思いきや 個展の後も  彫り続けている!!








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「シマフクロウ」







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「シマフクロウ」





今までも何度か登場しているシマフクロウ


もう 「アトリエの主(ヌシ)」のような顔で存在している、、、


時々お邪魔している私を 認知してくれてるみたいだ、、






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「メイビーエンジェル」








メイビーエンジェルのモデルさんは 幼かった頃の2人の娘さんだそうだ、、


今は その娘さんたちのお子さんが やんちゃらしい


「じいじ おいで~~」


朝早くから 階下から 声がするそうだ


お孫さんも  きっと  メイビーエンジェル










http://www16.plala.or.jp/ugati/「木彫りギャラリー」





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45年も経つなんて・・・!!!中学校の還暦同窓会

03-16,2013





去年の内に届いていた 中学校同窓会の

還暦で集まろう~~~のハガキ


年末に 救急車に乗った私は

ぎりぎりまで 返事を延ばしていたが 

出席!!


卒業以来 会ってなかった人も 何人かいて

45年ぶり~~!!


遅刻してお店に入ると

喫煙コーナーでタバコを吸ってる人がいる


「うん?、、S君、、?」

「やぁ、、久しぶり~、、」


なんと 九州からの 出席だ!





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部屋に入って ビックリ!

「うん、、!?! 」

恩師の背中が、、!


出席とは知らされてなかったから

思わず駆け寄り

「せんせい~~~!」

「ようこちゃん!」


「先生! わか~~~い!!! 」

すると 傍にいたHさんが

「先生 恋してるんですよね~~~」

・・・!!! ナルホド~~~


しばし お喋り  

で、で、 なんと先生 

「洋子ちゃん 今度 何か 私に 版画 彫って頂戴、、」



・・・わぁ~~!!!! 嬉しいです^^^^



先生 91歳





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本来なら 私たちが着る赤いちゃんちゃんこ

幹事は先生に着せていた!


先生の挨拶が素敵だった 


「皆さん 還暦  

これからですね

新しい自分を 創っていってくださいね」





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先生は  担任で 音楽の先生で   


合唱部の顧問もしていた


合唱コンクールの県大会に出場!


生徒より小さくて コロコロしていた先生の


全身で指揮する姿が 浮かぶ!


私は バドミントン部にも所属していたから 合唱部と掛け持ち


放課後の練習が 懐かしい~~、、








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先生が 一人一人に くださった!!!


写真の 「お守り」


先生んちの近くの神社のお守り、、



・・・・45年経っても・・・・



ありがたいねぇ~~~~






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幹事は こんな 記念の品も用意!!!


益子焼きの カップ


「還暦祝 森学級」



主人が 「口当たりのいいカップだね」


と 気に入ってくれた


ホント 飲み心地がいい!








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91歳というと 還暦から 更に 31年、、


この数字を 長いとみるか 短いとみるか、、、


今は 長いと思う自分だが 


101歳で亡くなった祖母は あっという間と言っていたから


その年になってみれば おそらく あっという間なのだろう、、



時間って ちっとも一定じゃないし 決まった長さでもなさそう・・・




二次会で 45年ぶりで話したT君


「人生 ふつう~~がいいよ、、  平凡がいい、、」


最近 同じように思っていた自分は いたく同感!!


けっこう波乱万丈を生きてきたから そう思うようになったのだろう、、


人生波乱万丈の方が 当たり前で


ホントは


「普通こそが すごいこと」で

「平凡こそが 非凡」なんじゃないだろうか・・・



日々 普通に過ぎて 毎日 平凡に暮らしていけることこそ


すごいこと、、、!


大震災を経て なおさら そう思う



穏やかが何より、、と思うこのごろ、、なんですが~~



・・・・・。






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またまた 「ねこの手工房」にて

03-08,2013





仏像の注文を頂いたのはもう10年くらいも前、、

小学校の同級生 Aさんからだった



見渡す限り 田んぼと畑と 農家の集落と少しのお店の中の 小学校・・・


秋の大運動会には 澄み切った青空に花火があがって

始まりの合図、、

校庭の空には 万国旗が色とりどりはためき

入場門と退場門は 生徒が作った造花で華やかに飾られ

丸いトラックの白線の外側には ずらっと莚や茣蓙が敷き詰められ 各地域ごとに名札が立てられ

爺ちゃん婆ちゃんは早々と孫の活躍を見に陣取った


更にその周りには 色んな屋台が 並んで


わたあめ  水あめ  赤イカ  カキ氷  アイスキャンディー  せんべい(間に色々とはさんだっけ、、) 

水風船  お面  風車  金魚すくい・・・  などなどエトセトラ・・・ まだ他にもあったが思い出せな

い、、まるでお祭り、、

この日ばかりは 農作業の手を休め 野良着をよそ行きに着替えて 子供達の家族は小学校に集まった


赤勝て~!!!   白勝て~!!!


お父さんやお母さんの地域対抗の出番もあるし 踊りもあるから

応援合戦にも熱が入り


お昼には お母さんが腕によりをかけて作ったお弁当・・・3段重ねの重箱には


海苔巻き・お稲荷さん・玉子焼き・きんぴら・お赤飯・ゆで卵・柿などなど ご馳走が並び

お昼になると 子供達は 各地域ごとに座っている家族を見つけて一目散、、

莚や茣蓙に座って一緒に食べた

青空の下で食べたご馳走の美味しかったこと、、

隣に座った家のご馳走を頂いたりすると

同じものでも 微妙に味が違っていて 子供ながらにもそれがわかった


子供も大人も楽しみな動会というより 村をあげてのお祭りだった!!!





そんな小学校の近くにAさんちはあって

母屋から離れたところに 二坪くらいの高床の立派な観音堂がある


そこに納める観音様は

写真のとおり まだ道半ば、、、、(予定ではもう納められている筈なのだが、、)



  


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(左後ろに見えるスピーカーは 湯田さんの手作り 左右一対でもう1つ右にある)






彫り進んだら 芯近くの割れが目立ってきた!!


この木は Aさんちの屋敷林に育ったカツラの木


だから その木を使って彫る


う~~~~NN


いつもながら 困った事があると 「ねこの手」の 湯田さんにSOS!!


経験豊かな湯田さんに相談すると


簡単だよ こうすればいいんだよ、、と 対処方法を教わる



というわけで またまた ねこの手にお邪魔すること 約1週間、、








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(左後ろの白い天使像二体は 湯田さんが2人の娘さんをモデルに制作)







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(以前も紹介した湯田さんの梟、、左奥の梟は親子、、湯田さんは注文仕事の合間に コツコツと彫っている  私から見たらもう完成と思うが まだまだらしい、、梟の王様みたいな威厳が、、!!  真ん中の帽子を被った像は 宮沢賢治の像)







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(右後ろの白い像は 頭に猫を頂いた大理石の女性像  ねこの手には あちこちに何気なく湯田さんの色んな彫刻が置いてある)






おかげさまで すっかりお世話になって 家に帰ってからも 数日 教わったとおり取り組んで


難題(写真には写らないが)をクリア~~!!!


なんとありがたいことか~~~!!!



今回は 何種類もの電動工具を使わせてもらった

初めて使うものばかり、、


で 気がついた事がある


電動工具は 思いのほか 疲れるみたいだ、、





「ねこの手」のある建物は大きくて 他にも何人もの作家さんがそれぞれ仕事しているのだが


皆さん お昼 の他に 10時 3時には 必ず休憩を取る



3時になると 湯田さんの所に何人か集まって来る


私も美味しいコーヒーや紅茶を淹れてもらって お喋り、、


電動工具を使って初めて思ったことだが


怪我をしないためにも大事な休憩だったんだ!!!


「宇賀地さん コレで怪我すると 痛いから、、なかなか治らないから、、」


疲れていたり ちょっと気を抜いたりしたら 指が飛んだりするかもしれないのだ!!!



毎日元気で仕事するには 規則正しい休憩が不可欠だったこと


あらためて 痛感、、!!!



還暦過ぎたら 尚更 この姿勢を大切にしないと~~~。。。


湯田さんには ホント色々なことを教わります(生き字引みたいだ、、)



ありがたい!!!



(そういえば 去年暮れ 湯田さんの個展に行ったが その時の写真をまだアップしてなかったので


次にアップしよう)




これから まだまだ 観音様とにらめっこの日々が続く・・・


だんだん 仕上がりに近づくと 鑿を使うより にらめっこしてる時間の方が長くなる、、


ふと気がつくと 額に皺を寄せてにらんでいる


これじゃぁ、、溝が深くなっても仕方ないなぁ、、、



孫に会えば笑い皺、、家では仕事皺、、どっちにしてもしわしわかぁ・・・!!!


























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パンプレート

02-09,2013



今日 やっと 

注文主さんに パンプレートを渡すことが出来た!!


あぁ・・・!! 久々に ホッとした気分!! 

          

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(80 × 47 × 20 cm) 檜  (裏面)






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(表面)





市販の パンプレートとは 大分 違うものが出来た!




友人Aさんが パン教室を始めたNさんに

教室オープンのお祝いをあげたいと言う。


Aさんは 2歳と1歳のお子さんのお母さん、

是非  作って欲しいとのこと、、、



Nさんは 1歳のお子さんのお母さん!

Nさんには まだ お会いしたことはないのだが

ブログを読ませてもらった 

     ↓

http://www.cherish-kitchen.com/index.html 

そこに載っているパンプレートは

どれも 自然の形を利用した ユニークなプレートばかり・・・

オリーブの木だそうだ、、



う~~~~~NN

はてさて・・・一体全体 私からは どんなものが 生まれるやら・・・

日常に使うものを作ったことがない、、



困って 最大サイズを聞いたら  80×60㎝  まで オッケーという、、

それは かなり 大きい板だ!!!


直径60㎝の板を取るには  直径70㎝くらいの木からでないと取れない


かなりの大木だ!!!



60㎝には及ばなかったが 写真の板をゲットー




最初は 単純に 世界の色々なパンの絵を 彫ろうと思っていたが

彫ると 溝が出来て 衛生的にまずいのではないかな、、、?

それに

パンでは 当たり前過ぎて

Hさんが 私に頼んでくれた意味がないような気がして

木を相手に あれこれ、、

ああでもない、、こうでもない、、



煮詰まって 朝歩きしていると ふと浮かんだ


風の子  雲の子  小麦っ子・・・・!!!



私が子供の頃は 

麦踏みの手伝いをしたり、

麦藁で 蛍かごを編んだり、 

シャボン玉のストローにしたり、

いろいろ遊んだものだった


麦わらは身近だった。




でも 麦の脱穀の時は 「のげ」がやっかいだ

皮膚にささると 

痒かったり、、 痛かったり、、


とっても 厄介なものだったから

実際には 裸と小麦の取り合わせは ありえないのだけれど


風の子も雲の子も小麦っ子も

頭んなかでは 遊んでいる・・





焼き絵を見た主人曰く 

「壮真に そっくりだな~~!」  

自分は 孫を描いたつもりは なかったが 似てるという、、

そう言われて 単純に 嬉しい のだから 


「親ばか」  ならず 「ばば馬鹿」!!!




ここのところ 忙しくて会いに行けなかったが


久々に 孫の顔が見れるのが嬉しい!!
















現代版「かさじぞう」

01-17,2013



ある日の夕方

玄関を開けると なにやら 新聞紙にくるまれたモノが置いてあった

無造作に包まれたその中味は・・・

野菜!!




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(撮影前に 少し調理してしまった、、)



メモがある


Mさんだった


日本昔話の「かさじぞう」を連想して にこにこ・・・!!






Mさんは 家の近所の畑を借りて野菜を作っている

100坪くらいはあるだろうか、、

かなりな広さだ

この前も

白菜  ヤーコン  さつまいも 等 いただいた

その前は りゅうりゅうと育った 青菜など。


せっせと作っては 食べきれないからと 分けてくださるのだが


奥さんからは 評判良くないんですよ・・・とのこと、、


そういえば いつも 1人で もくもくと 畑仕事をしている。



こちらは


まっこと 嬉しいし ありがたいし

大いに助かっている



さつまいもなどは とても太くて大きかったし


どれもこれも 美味しくいただいている!!




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これは桑の実のジャム

なんとMさん

桑の実のジャムも手作りしていて 毎年それを楽しみにしている常連さん(?)たちに送ってるとか・・!!

ある川べりの桑の実を大量に摘んで 洗って 選別して 煮詰めて  煮沸した瓶に詰めるまで

全部自分でやるのだそうな、、!!


一瓶いただいた


ラベルには


「悪がき・お転婆娘時代を思い起こそう」


と書いてある!!!



子供の頃 桑の実を食べると  くちびるが どどめ色になった


あの味だ、、



更にMさん



大晦日には 蕎麦

を打って わざわざ 我が家まで宅配もしてくれた!!


何人前ですか・・・?というから

正直に 3人前。。。


久しぶりの息子と主人と 早速 頂いてしまったから

残念ながら 写真がない、、










先日 日頃のお礼にと

主人手作りの「チーズケーキ」を持ってお邪魔したときは 

庭に 切干大根が干してあって


ちょうど 乾燥したからと これも分けてくださった



与えるばっかりの Mさん!!

頂くばっかりの 我が家、、


思えば 

あの方にも あの方にも あの方にも・・・・モノから 形のないものまで 色々と頂くばっかり、、、

感謝しかないなぁ・・・


Mさん 皆さんに ありがとう




 


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我が家の周りには  沢山の家庭菜園があるが


先日の大雪で すっかり覆われた、、、





[地蔵さん  歩いて来そうな  雪景色]・・・・(?!?)





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明けましておめでとうございます

01-01,2013

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救急車に乗ってしまった・・・+ 木版画

12-29,2012





記事って 時が熟すと自然に書きたくなって書いたりするのが常だけれど

今回は 熟す前に・・



この忙しい時期に また 救急車に乗ってしまった!


   実は3回目、、


27日夜中 1時頃だったろうか、、 突然 両脚が痛み出し

   七転八倒!


立つも 座るも 寝るもならず 

転げながら脚をさするしかなかった!



今までなら 熱い風呂に入る ホッカイロを何枚も貼る

整体 針灸 ヒーリング 等など  なんとか凌いできたのだけれど

今回は ままならなかった~~



せめて パジャマ着替えて、、と思っても 痛くてそれどころじゃなく

結局は普段のまんま・・

ダウンコートひっかけて・・救急車へ、、




着いて救急車内できかれたことをまた繰り返す


「痛みは何時頃からですか?」「1時ころからです」


「何してましたか?」「パソコンでいろいろ・・」


「熱ありますか?」「ないです」

     実際は「これだけありますよ」と見せられた体温計には39度以上 

        自分では全くその意識がなかったのだが、、

            
            痛みでそれどころじゃなかったのだ



「痛みはどんな痛みですか?」「・・・・ 拷問です」

     

今になれば きっと 変なおばさんが来たと思ったろうなぁ


ベッドの上で 膝立ちで 脚を摩りながら


痛い~~っ 拷問っ  なんて言ってるんですからね~~







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木版画 「泣々」2004







検査したけれど 原因不明らしく

とりあえず 座薬、、



で、とりあえず 痛みが治まったら 帰されてしまった!!

年末のせいか 混んでるらしい・・



帰宅してからは ず~~~っと寝込んで ひたすら寝て寝て寝て、、

2日 過ぎて、、


途中座薬を使うことも無く

いったい あの 痛みは なんだったのだろう・・・?




隊員サン達や  お医者さんの前で あぁ はずかしや~




一部始終に付き合った主人曰く 「風邪の菌のいたずらだろう・・・」



友人曰く 「何かの霊障ではないかな・・・脚に出るらしいよ・・」



いずれにしろ 菌さんだろうが  霊さんだろうが   ナニさんだろうが

来ちゃったら仕方がないなぁ・・


いらっしゃいませ・・とは言えないが

なんとか おとなしく出てってくれるまで付き合うしかないか・・



押入れから 湯たんぽを引っ張り出したり

    (割りにすぐに見つかって良かった~~)



主人が お粥作ってくれたり


      しょうが湯作ってくれたり


       蜂蜜大根エキスを作ってくれたり

    
          葱も焼いてくれたり

        
              喉に巻くとその熱さが気持いい




友人が ゼオライト なるものを持ってきてくれたり
     
      
      アメリカの リキッドなんとか  言うものも・・!





ありがたい!!  とにかく  ありがたい!!








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木版画 [かんのん] 1994







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木版画 「座(A)」 2004







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木版画 「座 (B)」 2004







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木版画 「ありがとさんだるまーⅠ」 2000







今日やっとまた パソコンの前に座ったら

 
  てんつくまんのお弟子さん(?)のなべちゃんの26日メルマガに



     「明日 どうなるか 人間わからない」と書いてあった


 


その数時間後 まさに自分は救急車だったのだ!!


  二日間の眠りの合間に 思っていたのは  同じ・・






一日一日大事ですねぇ。。。



   








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木版画 「泣いて 笑って 天まかせ」 2001






   http://www16.plala.or.jp/ugati/・・・ホームページ





「なんでもあっぷ」

12-23,2012

今までは 基本的に「作品散歩」

自分や周りの人の作品を軸にして 記事を描いてきましたが、


これからは 

 プラス   「日々のことども」も 加えちゃおう~~~!!!

何故って、、、

朝歩きしたり・・ 孫と遊んだり・・色々・・ 制作以外にも 描きたくなる事がいっぱい・・・


というわけで

これからは 「なんでもあっぷ」








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ちと 過ぎてしまいましたが

冬至の朝・・・

桜の木の向こうに昇ってきた。




田舎の母は 毎朝 台所の窓に射す朝日を拝んでいる

農作業で90度に曲がった腰を この時ばかりは伸ばす

いっぱい 働いてきた腰だもんね~~・・・






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道端の  枯れきった「ススキの穂」・・・



色 も かたち も いいなぁ~~~

あったかそ~~だし

昔の赤ちゃんの産着の 「麻の葉模様」を 思い出す・・


麻の葉模様・・・好きだなぁ~









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「むらさきしきぶ」の実・・・


なんて いい色・・・!!


しぼみかかってるけど ほれぼれしちゃう・・・


それに なんたって 名前もいいし・・・


(見ず知らずのお宅の前で かがんで スマホで撮影、、

心急いてしまいましたが・・・)





というわけで  初めての 「なんでもあっぷ」 也~~。


 
ホームページ: 宇賀地洋子「木彫りギャラリー」  http://www16.plala.or.jp/ugati/







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「ほとけの造形展」・・・文房堂ギャラリーにて・・・11月26日~12月1日まで

11-28,2012

4年に1度 オリンピックの年の 大学女子寮の同窓会、

そこで先輩から誘われた 「ほとけの造形展」。。。


約40年も前に 西村公朝先生が 創始。
          ↓


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9D%91%E5%85%AC%E6%9C%9D
(ウィキペディア)



先生は亡くなられたけれど 先生の意志を継続して もう何十年も続けてきた方がほとんどだから、

初めて出品の私には 刺激がいっぱい! 






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公朝先生に教わったのは 「古美研(古美術研究旅行)」の時。


奈良京都の主だったお寺さんを巡り歩いて 


仏さん観音さんの着付けも学んだけれど、、、 






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右から、、、木彫  「のんのしゃ」 「母子かんのん」
      木版画 「母子曼荼羅」 「お地蔵さん」 「マシュラ」・・・・以上5点






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「のんのしゃ」2012





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「母子かんのん」2012






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「母子まんだら」2002




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「畦道のお地蔵さん」2001




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「マシュラ」1993




「おっぱい話シリーズ」や母子像などの作品が もっぱら 多かったから 

たびたび 「 やさしい お母さんなんですね~~~」って 言われて・・・


内心は 「いえいえ~~そんな時ばっかりじゃござんせん!!」・・・


それで生まれたのが この「マシュラ」 


「ママ」 + 「阿修羅」  =   「マシュラ」 ← 私の造語です







 [会員さんの作品写真のみ紹介]    



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井の中の蛙・・・まさしく自分のことだなぁ・・・・と、、、思う。

忙しいから、出来るだけ 排除して 籠ってどうしても必要なことだけやろう・・・と思っていたら



先輩会員さんいわく

「それは 逆、、、!!!  忙しいときほど 仕事できるものですよ~、、、」








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26日 月曜日から始まりましたが 今日28日のブログアップ・・・!!!

夕べやっと案内状も書いて、、見かねた友人が助っ人に来てくれて、、、

本当にありがたいことです。

感謝にて。。。


こういうのを 「泥縄式」って言うんですね~~~、、、!!!













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木彫と木版画/ミニコンサートに寄せて/ひらがなシリーズ木彫「そ」・木版画「き」ほか

11-23,2012



突然 友人からの連絡・・・


「唱歌・童謡のミニコンサートやるんだけど、おいちゃん(私)の作品 飾らない・・・?

秋に関する作品とか・・・  ある・・・?」

「秋らしいの、、、「赤とんぼ」あるけど 大きいな~~・・・・」

「それなら 手で持てる母子像・・・ 何かあるといいなぁ・・・」


「う~~~ん  了解~!」




 と言うわけで 

ひらがなシリーズの 木彫 『そ』 と 木版画 『き』 を持って行った。




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木彫「ひらがなシリーズ・『そ』」






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(同上・反対側から)





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木版画 ひらがなシリーズ「き」





ある時 ひらがなの 「あ」を 筆で 描いたら 

お母さんが 赤ちゃんに おっぱいをあげている かたちに見えた。


それがきっかけで ひらがなを全部 立体と平面で彫ろうと思った。






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とてもアットホームな空間!

グランドピアノがあって コンサートも出来るし 壁面に額も飾れる!

オーナーさんが用意してくれたコーヒーや紅茶を頂きながら

手作りのチーズケーキやスイートポテトや、、、!味わいながら


久美さんのまったりとした声 と

こーちゃんのピアノ を楽しみながら




 

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ときには 一緒に歌って・・・!

ときには 涙して・・・!


ナント 豊かな ひととき~~~!




以下

友人手作りの歌詞カードに載ってる版画を拡大






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うつくしい~~~日本語・・・


やさしい~~~メロディ・・・




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木版画 ひらがなシリーズ「ぬ」





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古楽器 279
木版画 「胞」





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木版画 「い・し・き」




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木版画 「ハグ」






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終わりに みんなで 「ふるさと」を合唱、


「私  この歌 ダメなんです・・・」


声を詰まらせていた方、、、 福島出身の方だった・・・





 
爺ちゃん子守り
木版画 「爺ちゃん子守り」






実家の近くには 神社があって 子供らの 遊び場だった


神社の塀に登ったりして けっこうあぶない遊びもしていたけれど


そのわりには みんな無事だったなぁ~~~





きっと 神社の カミサマに 見守られていたんだねぇ~~~


















ちょっと寄り道編/続・ワグナー・ナンドールアートギャラリー/成良仁(南田是也)展

11-08,2012



ワグナー・ナンドール美術館の一角に 大谷石と 大きな窓の ギャラリーがある




入り口を入った私の目に 飛び込んできたもの・・・!!!







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「・・・??? ・・・ !!!・・・  わぁ~~~~!!    おもしろ~~~~い!!」


作家の奥様がそこにいるとはつゆ知らず  大きな声をあげてしまった!!!



テラコッタ の 太った女性が 丸窓から 外を見ていた・・・







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もうちょっと ほろ酔い加減なのかな・・・







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かんぱい!!!(ナニに・・?)





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バゲット が 似合うね~~~~!





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オーーーノーーー!






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オペラが 聴こえてきそう・・・





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始めて接した彼女たち・・・・


なんと 自由な姿だろう・・・!!!







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真っ赤な ハイヒールは 「自立」の表現なんだそうな・・・


奥様が話してくれた。


成良氏は 今年 亡くなられていた。





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陶芸家だった「成良仁」氏は ある時から 造形作家:「南田是也(ナンダコレヤ)」としての道も歩んだ


なんだこれや・・・・なんだこりゃ・・・・の世界を・・・!!!




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ざっくりと 口の開いた 斬新な花器・・・!

土の塊のようなやつを作りたい

そう思って 生まれたものだそうだ




「これからはしがらみを脱ぎ捨て、『ちょうどいい加減人生』をおくりたい。」


              ↑

パンフレットの冒頭には こんな言葉が書いてあった。



最後には こんな言葉が・・・
        
        ↓


ーーー なんだこりゃ?は ・・・  中略  ・・・それはむしろ

感激!  感動!  衝撃!  というべきか!

知識の蓄積によって 忘れられ 薄れてしまいがちな 最も重要なもの  

もっとも大切な感覚宝物(知識がいらないっていってんじゃないよ!)

この“なんだこりゃ”の気持がなくなった時 前進は止まり 

ホントの意味の進歩は止まるーーー 





南田是也の世界   http://www.nandakoreya.com/
 


11月15日まで  ワグナー・ナンドール アートギャラリーにて

http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/mobile/001.html  









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ちょっと寄り道/ワグナー・ナンドール アートギャラリー

11-04,2012


益子のワグナー・ナンドール(日本名:和久奈 南都留)アートギャラリーへ行ってきた。

ハンガリー出身の彫刻家(1922 ~ 1997)

ハンガリー動乱時代 スウェーデンに亡命 

亡命中 ちよさんと結婚 1969年 日本に移住

栃木県 益子 にアトリエを建設



1969年というと その頃 私は栃木県真岡女子高校の生徒、、、

当時 ワグナーさんは 既に 隣の益子町に住んで居たことになる、、、


しかし、、、つい去年まで 何も知らなかった!!!




益子焼きの 共販センターから 上り坂を10分位も歩いて行くと 竹藪が見えてくる

丁度 秋の陶器市で共販センターの通りは賑わっていたが

下の喧騒とは打って変わって 静かだ






竹藪縮




昔は何処にでもあった竹藪が 鳴っている・・・・

笹が風に鳴る音を 久しく忘れていた・・・

心地いい・・・





せんぶり縮




竹やぶの中には 「せんぶり」が咲いていた!!

昔 子供の頃は 山に入って採取し 乾燥して自家製の薬にしたものだ、、、


ワグナーさんは 白い花が好きだったそうな、、、



 

奥へ進むと 最晩年の大作 「哲学の庭」が見えてくる



哲学の庭縮
「哲学の庭」




円の周囲に5体の彫刻がある


大地に顔を伏せている女性は・・・「砂漠の薔薇」


その左横には 「エクナトン」  その横は 「キリスト」


「砂漠の薔薇」の右横には 「老子」  その横には 「釈迦」





馬縮





周囲には 「飛」と題された一対の馬、、

その奥に 「ガンジー」 「達磨大師」  その奥は、、「聖フランシス」、、かな、、




ガンジー 達磨大師縮




非暴力を貫いた 「ガンジー」




ガンジー縮
「ガンジー」



 己の信念を生き通した人、、細くて強い、、




モーゼ縮
「モーゼ」




竹藪の中には  民を率いた「モーゼ」が、、


真偽のほどはわからないが、、

モーゼは 日本へ来て亡くなったという説がある


広大な大陸を 民とともに旅して来たというのか・・・!?!?、、




ヨーゼフ アティラ縮
「詩人ヨーゼフ・アティラ」





今回 誘ってくれた高校の恩師 神山先生は 

詩人「ヨーゼフ・アティラ」の この像が 一番好きだと言う





当時 ハンガリーでは 毎年 テーマを決め、

国民参加型の 彫刻コンペをしていたそうで

ある時のテーマが この詩人「ヨーゼフ・アティラ」だったそうな、、


ハンガリーでは 彫刻家というととても大事にされていたそうで、

国営のアトリエがあり家族一緒でも入居できたそうな、、


ところが 動乱で命の危険にさらされ 亡命を余儀なくされ


最後はちよさんの国日本に移住。




宮本武蔵縮
「宮本武蔵」




日本文化を愛したワグナーさん

千代さんの話によると とても優しくて 厳しい人だったそうで、、


ある時 郵便物の包装紙を気持が急いていて

乱暴にビリビリと破いて開けてしまったら

悲しそうな目で 千代さんを見ていたそうな、、


ワグナーさんの手の動きは 優しく美しかったそうな・・・!!!


(彫刻家というと 普通は 無骨でむしろ汚い手を想像してしまうが それを聞いて 茶道のお手前を連想してしまった・・・)

 

エターニティ縮
「エターニティ」(ステンレス)




「エターニティ」と題されたこの抽象彫刻は

ステンレスで出来ている


当時は まだ ステンレス鋳造がなかったけれど

ブロンズより 収縮率の大きい 扱いにくい ステンレスを独自に計算研究して

世界で始めて ステンレス鋳造をやったのがワグナーさんだそうな、、!!


とても器用な人で何でも自分で手がけたとか、、


現在 解放されているアトリエも ほとんど ワグナーさんとちよさんの2人で造ったというから

凄い!!!


斜面を利用して建てられているアトリエは 

とても天井が高く 心地がいい・・・
 




禅の廊下縮




「禅の廊下」と題されたこの建物の中は 撮影禁止、、、


沢山の「老子」の像を始め 「聖徳太子」や

日本の母と子の像「ふるさと」や 

背中に子をおんぶして ねんねこばんてんを着て 風呂敷包みを持ったお母さんや

胸像「ちよ」さんや 「武原はん」

「をどり」 などの立体のほかに


平面「マイジャパン」などなど、、

日本文化を 日本人以上に認め 愛していたのかもしれない、、と思う



他にも ちよさんから 感動の話を聴かせてもらった。。。


始めて二人が会った時は 丁度 「ピエタ」(30センチ位)が完成したときだったそうで、

「ピエタ」を挟んで向かい合ったちよさんには ピエタの感動とワグナーさんが重なって見え

高貴な魂に芯から感動したとか・・・


大概 ピエタ像というと座ったマリアがイエスを抱きかかえているのだが

ワグナーさんのピエタ像は イエスを抱きかかえ 大地にしっかり立っている。





それから 更にビックリな話・・・

30センチくらいの像なら 15分でほぼ粘土をつけてしまったという。。。!!!

等身大なら 半日だったそうな。。。!!!


私は 「エ~~~ッ 15分!! 半日!! 信じられない~~」と叫んでしまった、、


いよいよ明日は粘土を付けると言う時は ちよさんと もう1人おじさんの助っ人を頼んだそうな、、


明日は粘土をつけるので お願いします・・・ということで

その日は3人だけ・・・



おじさんは 粘土の大きな塊を運ぶ人、

ちよさんは それを切り分けて小さい塊にして ワグナーさんに手渡す役目、

ワグナーさんの粘土をつけていくスピードは とても早くて 次々に手渡していったそうな、、


来客や電話をシャットアウトし、 白い下着を用意して

その日に臨んだとか・・・




稀に ドアをドンドン叩く人が来たりしてしまった時は その作品は未完成に終わってしまったそうな、、


「神がかり」的だったのでしょう、、、





こと 仕事のことになると厳しくて


富岡のブロンズ鋳造屋さん泣かせだったそうな、、



仕上がったという連絡をもらって 鋳造所へ行くのだが


到着してその像が見えた瞬間に 何か不具合があると 一瞥しただけで


「鋳造しなおしてください」  と言って


出来上がったものをまた溶かして鋳込みなおしをしてもらったそうな・・・!!!



そして 一番感動した話・・・・


それは、


食後 時々に 「シャルウィダンス?」と言って 

千代さんの背中を抱いて 台所で静かにダンスしたそうな・・・!!! 


背中の手がとても優しかったと話してくれました。






『私は文化、宗教などの相違点よりも 各々の共通点を探しているのです。共通点を通してしか お互いに近づく

ことは出来ないのです。』ワグナー・ナンドール





◎ ワグナー・ナンドール アートギャラリー

http://wagnernandor.com/indexj.htm

≪ 秋季展 ≫10月15日~11月15日 (年に2回 春と秋に開催)

         午前10時~午後4時

          月曜休館  ・  入館料:大人1500円  高校・大学生1000円


          栃木県芳賀郡益子町益子4338    ℡0285-72-9866


◎フェィスブック  http://www.facebook.com/home.php#!/wagnernandor1









     
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滑川五郎さんの訃報に寄せて・・・彫刻とクロッキー/頭部シリーズ/「GORO」/

10-03,2012

先日 滑川五郎さんの訃報が届いた。



元 舞踏集団山海塾の創立メンバーで 

世界的に活躍した後 退団。

それからは 栃木県大谷石の採掘跡に魅せられ そこを拠点に 活躍していた。







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ブロンズ 「GORO」 1980





このブロンズは パリで作ったもの。

ちょうど 私の留学中に 山海塾のパリ公演があって 

これからヨーロッパを回ろうとしていた時だった。


友人と舞台設営の手伝いに行ったりした


五郎さんの顔は とても 彫刻的魅力があったから


クロッキーを描かせてもらった


そのクロッキーを元に  蜜蝋を材料に 手びねりで作ったものが原型で

その後  ローマの鋳造所で鋳造してもらった。


元浪人時代の同級生 板東優君 が そこで仕事していたご縁で可能だった。


だから、 微妙に 日本のブロンズの色とは違う、、

少し 黄みを帯びているのがいい(この写真からはわかりにくいが・・・)。






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ブロンズ 「GORO」 1980




五郎さんは 飄々としていた

ひょうひょうという言葉が似合う・・


顔も 彫刻的だったが 

身体はもっと彫刻的だったから 白塗りの身体はひときわ映えた

じっとそこにいるだけで存在感があった

存在そのものが 彫刻的だった



でも オモシロイ 人だった


ここ数日 訃報を聞いてからというもの 

主人と 登さんの話をする機会が増えた



五郎さんがまだ舞踏を始める前は 主人の友人で

登さん(本名)と呼んでいた



40年位も前の話だが・・・


高円寺に 信用荘アパート  という古いアパートがあって 

登さんの部屋の真ん中には 柱があったそうで、

邪魔に思った彼は  その柱を あろうことか のこぎりでひき始めたそうな、、


徐々に 天井の重さで のこぎりは動かなくなって

にっちもさっちもいかなくなったそうな・・・・!!!


で、、、仕方ないから そのままにして 生活せざるをえなかったとか・・・




また 何の話のなかだったか すっかり忘れているのだが 


サンカ(山の民)という 言葉を教えてもらった


以来 何故か 私の心にも残っている



自然と共生して生きていたサンカのイメージと

それに惹かれていた五郎さん 

両者が私の中で 重なってくる・・・


神話時代からの魂を 

舞踏を通して表現しようとしていた(・・・?)五郎さんの魂は

彫刻的な衣装(身体)を 早々と(100歳過ぎても踊る・・・って言ってなかった?)

脱ぎ捨てて 

風になった・・・








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そうそう

登さんの歩く姿は 独特でしたね~


まるで 踊るように

まるで 滑るように

まるで 羽のように

山海塾のごろーさんになるまえから 

ひょうひょうと 歩いてましたね~



五郎さん

天国ではさらに自由に  踊ることでしょうね~・・・

私も 時々 音楽を聴くと身体が勝手に動いて 踊りたくなって踊っているんですよ、、

楽しいですね~、、



ご縁に感謝拝。合掌。



◎ ユーチューブから在りし日の五郎さんです
          ↓
http://www.youtube.com/watch?v=iRASajUj_JY


http://www.youtube.com/watch?v=uvOafMCpkRo





作品通し番号86・87











ちょっと寄り道/ 続・『動物ったらありゃしない展Ⅱ』

09-29,2012




続編・・・!

「動物ったらありゃしないⅡ」展   



銀座一丁目のこのビル・・・古い・・・!!


このエレベーター・・・

階を表す半円形の目盛り・・・!!

まるで 一時代前の映画に出てきそうな雰囲気だ・・



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待ってても 開かない!!

手で開けるのだ!


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湯田良夫さんの作品 4点


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前回紹介した フクロウ と コノハズク の他に 



  猫(イリオモテヤマネコ)  

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魚(ヤマメ)


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湯田さんは 「絶滅危惧種」を 彫っている





永登せつ子 さんの作品


猫、、ねこ、、ネコ、、づくし~~~~



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30数点はあったろうか・・・

とても 全部は 紹介しきれないが・・・


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起き上がりこぼし猫 に

招き猫 に

玉乗り猫、、、


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招き猫・・・?と思ったが、、

「シェーしてるんですか?」と聞いたら



「踊ってるんです~~~」と 永登さん


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ダンス猫ちゃんの背中に 天子の羽~~~・・・

天女の舞・・・ならぬ 天猫の舞・・・

 
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玉乗りサーカス~~~


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勝倉保夫さんの作品 4点



テラコッタ の 猫 は 大~きな伸びをしている


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木彫の 猿の母子 と  昼寝の豚さん  と  とうもろこしとトンボ


作者の 勝倉さんは 大柄だった



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三人三様也~~・・・ 
















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